竜の落とし子
日本の神話時代。
この世界は天帝によって作られたと言われている。
時は無情にも流れ、繁栄すれば衰退もする。
そんな世界の現代に産まれた内気で弱気な少年ー竜牙龍輝。
彼には、その性格には見合わ無い宿命を背負っていた。
「グズッ…」
人知れず、学校の影でその少年は泣いていた。
『親も居ないくせに!』
親がいない。ただ、それだけの理由の単純で理不尽なイジメ。
少年ー竜牙龍輝は、それに耐えるしか無かったのだ。
彼を庇い、守ってくれる親はいない。
産まれた時から、母や父という存在は知らなかった。
「……僕も…親が欲しいよ…」
遠い小さな時、綺麗な女性に抱き抱えられた記憶はあった。
遠い、遠い。懐かしい記憶。
そんな女性から貰った、大切な宝。
金色に輝く、綺麗な丸い石。
ー僕だって…お母さんはいる…多分ー
竜牙はその焦げ茶色の瞳を涙で濡らしながら、金色の玉を抱きしめた。
そんな時だった。大きな音が背後から聞こえたのは。
ー何?ー
竜牙は金色の玉を鞄にしまって、立ち上がった。
学校の校舎がーー燃えている。
「っ、火事!?しょ、消防車‼︎」
携帯を取り出した竜牙は番号を押す。
「聞いている…。竜の落とし子は何処だ」
「ヒィィィイ‼︎」
長い漆黒の髪を流し、光の無い漆黒の瞳が男子生徒を映す。
「だ、誰だよ!お前!?」
怯えるリーダー格の男子生徒。
怯えて当然だ。漆黒の髪と漆黒の瞳を持った男の頭にはそれと同じ、漆黒の二対のツノが存在したのだ。
「そなたらから、竜の落とし子の匂いがする。その子は何処だ?」
漆黒の男は問いを男子生徒にかける。
「や、や、やめなさい!生徒に手を出すのは…ヒッ!?」
駆け付けた職員に気づいた漆黒の男は、職員へと近付く。
「私は主の命で、竜の落とし子を探している。そなたらには手をださん。何処だ?」
「り、竜牙君なら、校舎裏に…!!」
竜の落とし子。それが誰なのか、職員にはわからなかったが、この学校内で竜の文字を二つ持つ生徒は、竜牙龍輝しか思い当たらなかった。
それを聞いた漆黒の髪の男は姿を消す。
「主。竜の落とし子は建物の裏に…」
「見つけた…」
「見つけた…」
そんな声が背後から聞こえ、携帯の番号を竜牙は押せなくなった。
威圧と恐怖。背後にいた男はその長い癖毛の紫紺の髪を揺らし、前髪にある2つの目がギョロ付き、金色の…イカれた瞳に竜牙が映し出される。
「……だ……誰?」
漸く絞りだせた声に、男はイカれたように笑う。
竜牙はそれを見て、更に怯えた。
「天帝は何を考えたのか!こんな女々しい男に"竜玉"を渡すなど‼︎笑止な‼︎」
「うわぁぁぁぁぁあ!!」
男の持つ扇子が振るわれ、竜牙の体は吹き飛ばされた。
「ッグ…痛い…よ。やめ…」
ーー怖い、怖いーー!!
痛いのは嫌い。誰でも良いから助けて欲しい。
その時、金色の玉が光り出し、そこから白色の竜が現れた。
「…八岐大蛇…。復活してしまったか…」
白色の竜はあっという間に白い髪と琥珀色の瞳を持った男へと変貌し、紫紺の髪の男を睨みつけた。
「白竜か。黒竜!後は貴様に任せる!」
八岐大蛇と呼ばれた紫紺の髪の男は上を見上げながら言った。
「わかっておるよなぁ?」
歪んだ笑みを浮かべる八岐大蛇の言葉に黒竜と呼ばれた漆黒の髪の男は無言のまま、白竜と呼ばれた白髪の男に立ちふさがった。
「驪竜…貴様!」
「久しいな。敖潤」
驪竜と呼ばれた黒竜は、静かに敖潤と呼んだ白竜を見つめた。
「何故だ!?何故、天帝様を裏切った‼︎よもや、天帝様の恩を忘れた訳ではなかろう!?」
白竜の問いに黒竜は忌々しげに、白い竜を睨んだ。
「私はそなたのように、天帝に愛された事など無い。光を生きる者に、闇を生きる者の気持ちなど分かるまい‼︎」
漆黒の剣を取り出した黒竜に対し、白竜は白銀の剣を取り出す。
『私はただ、光がみたい』
「…え…」
金色の玉から響いた黒竜と同じ声。
『青龍や赤竜や白竜のように、光の世界を見て、光の空を走りたいだけなのだ!』
悲鳴にも似た黒竜の声。
それに気付かない白竜。
「やめて……もう、良いから」
助けなくて良いよ、と付け足すと白竜の姿が消えた。
自分に近付く、男の気配。
「……っ…殺して…良いよ」
「っ…!?」
「僕は…望まれて無いもん」
痛いのは嫌だけど…。と竜牙は付け足す。
何となくだ。自分が望まれてい無いのでは無いかと思ったのは。
「…一度でも…良いから…暖かい…家庭に…帰りたかったなぁ…」
涙で地面を濡らす竜牙に、黒竜は何も言わず、その場を立ち去った。
気絶した竜牙を抱える、赤い髪の男と水色の髪の男。
「お前の望み、叶えてやる」
「……帰るぞ」
戦いは、始まったばかりなのだから…。