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 僕は投擲とうてきした結果にとらわれずさらに走る。

 千華との距離は二メートル。

 速度が乗ったこの状態であれば一秒もかからない。

 だが、僕はこの一秒の中で確かに千華の声を聞いた。

「恐ろしい人」

 千華は袖口から小さく細いナイフを数本空に落とした。

 落としたナイフは空に留まり、僕は急ブレーキを余儀なくされる。

「恨まないでください」

 ナイフが投擲された。

 ゆっくりと。

 一本。

 それは決定的で、僕の右足に刺さった。

 僕はゆっくりと前に倒れた。

「周様」

 千華は僕に近づき微笑んでいた。

 確かに僕は左腕と右足が動けない。

 僕が前に力なく左手を伸ばすと、千華はしゃがみ込みゆっくりと僕の頭を一撫でしてくれた。

 それは母性に溢れていて、慈悲深く、屈辱的だ。

「もういいでしょう、周様はよくここまで戦えたと思います。天想代力が十分に使えないのを知りこうして無茶な要求を飲ませて申し訳ございません。ですが、周様のことを楔より知っていたので、手元に置いておきたかったのです」

「千華は楔の雇い主だっけ……?」

 僕は息を荒めに答える。

Exactlyそのとおりでございます

 気取った言い方をして。

「ぼ……僕をここに連れて来たのは千華ってこと?」

「いえ、それは違います。楔が話題にあげていた周様がすぐに去るようなことを避けたかったのです」

 買いかぶり過ぎだ。僕にそんな価値は無い。

「……千華。悪いけれども、もう一回頭を撫でてくれないか。意識が飛びそうだから甘えても良いよね……?」

「仕方ないですね」

 僕は最初に千華と戦ったときに迫りくるナイフに為す術無く倒れたが、為す術を考えていなかったわけではない。身体に当たるナイフを冷静に分析していた。

 先程だってそうだ。

 腕に当たるとだるくて、感覚も無く動けない。

 他のところもそうだが例外はある。

「え」

 僕は袖口に隠し持っていたナイフを千華の胸に突き刺した。

「さっき、携帯電話を投げたのは僕の投げるものの候補にナイフがないって示唆するため……まあ、もう気絶しているし聞こえないか」

 千華は横に倒れた。

 どうせ正攻法でナイフを投げたところで胸以外の身体部分に当たっても勝てないし、ナイフを堂々と構えて格闘したところで速さには勝てない。

 あくまで勝ちを確信し、油断して近寄ってくることがなければ僕は負けていた。

「卑怯じゃの」

 姫城さんは呆れていた。僕の手の打ち方を見せて良かったのか。いや、今はとりあえず寮に入らないと。

 だが、ナイフが身体に当たり過ぎていて立ち上がれない。

 ここまで来て。

「ぐっ……」

 携帯電話を投げてしまったのは失敗かもしれない。

 ここまで来たら、楔や都和にも助けてもらえたのに。

 さすがに姫城さんを頼るわけにはいかず、僕はずりずりとほふく前進のように進む。

 泥臭いが負けるよりましだろう。

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