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もう一つは油断。
先程僕は勝ちを譲り(強がりだが)、今は幸運にも姫城さんが身守ってくれている。必然的に千華が一方的な戦いを作るとは思いにくい。それにナイフを何本も当たっては夕御飯に出れなくなる。それも合って多少の手心を加えてくれるであろう。
証拠に僕が走って前に向かっても先程と同じ量のナイフは出てこない。
それでも多いけれども。
進行方向を直角に変更し、ナイフをかわす。
牽制のようであり、避けることは容易い。
だが、ジリジリと追いつめられている気分だ。
「そんなにこの寮にいるのが嫌ですか?」
「僕は男だから」
なんて正直に言う必要はないか。
「僕に勝てたら教えてあげるよ」
言葉短めにし、話を打ち切り時間稼ぎはさせない。
大きく息を吸う。
狙うはナイフが投げ終わった直後のインターバルの瞬間。
投げたナイフの本数を増やしているので瞬間火力さえ耐えれば、次のナイフが投擲されるまでの時間が確保される。
僕は走った。
瞬間、放たれるナイフ。
数は十本をゆうに超えている。
遅くなる世界の中僕は冷静にナイフの軌道の予測に入る。思考速度や動体視力が上がっても身体の動きはついてこれず、まるで水中で動いているようだ。
左右に最小限の動きで避け、到底避けるのが難しいのは動かない左手側で受ける。無様に避けては次のナイフが避けられない。
当たるナイフの痛みのない衝撃が四本を捉えたところでナイフが少し止む。
千華との距離は五メートル弱。
まだ遠い。
だが、するしかない。
「きゃっ!?」
「の!?」
相手が投擲する一瞬の隙を狙い、僕は手首のスナップだけで投げた。
しかし、投げたものは千華に当たらず壁に当たり地面に落ちた。