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名案はすぐに思いつかない。
ポケットに入れていた携帯電話で時刻の確認をすると晩御飯まで残り三十分強となっていた。最悪、楔を通じて人が呼べれば良いが回線は不安定なようで少し傾けるだけで圏外になったりしてしまう。獣道を抜けなければ回復しそうにない。
このまま歩いてぐるりと寮の後ろ側に辿りつければ千華に発見されるはないだろうが土地勘のない僕にそれは無理だ。
とりあえず千華が寮に先回りしてくれることを信じて来た道を戻る。待ち伏せには十分に注意を払いながら走ってここに来たとき以上に時間をかけて戻る。
えっちぃ本があったところと少し離れたところに出てしまったが、がむしゃらに走ったわりにはすぐに来れたと思う。
ふと見た空は暗さが徐々に増してきたが、まだ赤い。変装は意味をなさないし、闇に紛れれないしとんだ飛車角落ちの将棋だ。いや、それ以上だ。
「戦闘回避不可避……」
だが、ここまで来たのだ。
例え勝負に負けても賭けるしかあるまい。どうせ逃げても負けだ。
僕はまっすぐ道を歩いていく。
「周様、残り時間は十分です」
寮を目の前に、玄関から数十メートル離れたところで千華に言われた。
待ち伏せがないと決めつけていたので地味な賭けには勝利したようだ。
「十分じゃの」
千華の横にいる姫城さんは腕時計で確認してくれた。
「周様が降参するまでここでお相手します」
千華はゆっくりと僕にお辞儀した。
目の色はすでに変わっている。
千華も。
僕も。
姫城さんも。
「……確認良いですか?」
「なんでしょうか?」
「姫城さんは戦わないんですよね?」
「無論じゃ」
素っ気なく言われた。少し怒っているようでもある。
戦いの見届け人なのか。
「行きます」
僕の作戦は簡単で素直を通り越し愚直だ。ひたすら玄関目掛けて前に進むだけのものである。
あとは運に任せるだけだ。
一つは千華の燃料切れ。
天想代力の使用は昨日と今日を合わせるとかなり使用している。
非常に汎用性が高く使いやすい能力はそれだけ使用回数が上がり、それだけ賭ける価値を見いだせる。