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「仕事も一段落したので少し職員室に行ってくるのじゃ。その間にすまんが、萩野に連絡しておいてもらえんかの?」
そういって姫城さんは僕に携帯電話を手渡した。連絡先を知らないと思ってのことだろうか。実際は知っているけれども怪しまれないように黙っておくことにした。
「別に携帯を渡さなくても連絡先を教えてくれれば連絡しておきますよ?」
「んー……」
なぜか首を横に振る。
渡された携帯電話は折り畳み式の昔の無骨な携帯電話なことと今の芳しくない反応から扱えていないのではと思ってしまった。
いや、この考えに至るには早過ぎるか。
資料を何枚か持って姫城さんが出ていったのを確認し、僕は自分の携帯電話を使って楔に連絡を試みた。
「どうしました?」
八コール目と多少かかりながらも応対してくれた。
電話の向こう側にかすかに水音がしているので台所にいるのだろう。
「今、少し時間ありますか?」
「料理の用意があるので手短であればお聞きしましょう」
「ではでは、連絡を二つ。姫城会長が今日はそちらに行くとのことです」
「はいはい、伊織のも作っておきますよーっと」
楔の反応から姫城さんの寮での立ち位置が少しわかった気がする。
「それでもう一つは?」
「今、千華さんと鬼ごっこ中なんだけど勝てると思う?」
「……なにしてるんですか」
ため息を吐かれた。
僕は正直に取引内容を説明した。そうしないと協力は得られそうにない。
「はっきり言って、今の周には勝ち目はないわ」
すぱっと切れ味の良い返答をもらう。客観的に見てもらえるのでありがたい。
「だろうね。だって動きしか見えないし。正攻法じゃ無理だから相談しているわけで。今の考えは二つで千華のいない逃げ道を探すことと、罠をしかけるぐらいかな。何か逃走ルートになりそうなところや、資材があるところ知らない?」
「んー……罠はあまり好ましくないかもしれません。特に時間稼ぎ系は」
「どうしてさ?」
「千華の天想代力は数ですから」