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「惜しい……」
「惜しくないです」
「あのときの周さんよりは隙はありますから」
挑戦的に言って立ち上がる。
「とにかく、僕はもう行くから。お昼ごはんありがとう」
「私は噛みしめてから行きます」
「一応聞くけど何を?」
「よ、余韻」
恥ずかしいなら言わないで良いのだけど。聞いたこっちも恥ずかしい。
「そろそろ行くね。そもそも、寝ているから送りに来たのに、起きちゃうし……」
たぬき寝入りではないにしろ老婆心を出さなければ良かったかもしれない。恥ずかしいことしちゃったし。
「待って、周さん」
小夜はそういうと化粧台からマスクを持ってきた。
キス対策だろうか。全然信用されていないらしい。
幼いときのことだからノーカウントにして欲しいのだが。
「一応、頂いておきます……全く」
文句を言いつつ受け取ろうとして伸ばした手は空を切る。
「ん!」
マスクの口を当てるところにキスをしてから僕にマスクを手渡してきた。
「どうぞ」
ベッドにへなへなと座り込み、僕の顔も見れないくらいにアピールを頑張った小夜に僕は近づき。
ゆっくりと。
僕は顔を。
「おっと……」
何かとんでもないことをしようとしかけた。
性欲が少し出てきたためか感情のコントロールが苦手になってきている。
僕の感情の起伏の乏しさも能力の弊害だったのだろうか。長所で無いにしても利点はあったのだが。
切り替える。
楔が僕を高く評価していたところを大事にしようじゃないか。
深呼吸一つ。
「ありがとう」
マスクを受け取り、僕は部屋を出た。
このマスクを使うには勇気がいるが、とりあえずはお守りとしよう。
後ろで小夜が悶えていたが見なかったことにした。
「うー、最高です。周さんの呪いの性欲がほぼ解けかけてます。性別は私の方でなんとかなりますので万々歳です。記憶はもう諦めているので良いとして……問題はどうしてここに来れたのでしょうか? 誰かの思惑があるのかな。少し厄介です……」
小夜のこの一人ごとは僕の耳には届かなかった。