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今朝の目覚めはとてもあたたかい気持ちで目が覚めた。
陽だまりに咲く花を見ているかのように心が落ち着いている。
疲労はなく、懸念していた筋肉痛もない。
「……む」
第一問題発生。
僕は都和にホールドされていた。
ネックロック。
遠慮なくその豊満な胸に僕の頭を押し付けている。
男だということにそろそろ気付いてほしい。男は狼なんだぞ。とはいえ僕は牙を抜かれているので襲うにも襲えない獣だけど。
「ん?」
ふと、僕は自らの身体の変化に気付く。
身体的には僕は女性のままなのだが、精神的に僕は変わっていた。
僕は状況を利用して首を少し前屈させる。
柔らかな優しさは僕にとって危険だった。
「なに、これ……」
嫌悪感が急激になくなっている。
今あるのは羞恥心だけだ。
僕の積年の悩みが一つ解決したところで違う問題が発生。
「んあ、周……起きたのか?」
「にゃぁあああ!? 押さえつけないでぇえええ!!」
僕はこの慣れない感覚に精神がパニックを起こしていた。
どういうことだ。
なんていうことだ。
兄に精神を強く保つ方法を教示してもらい冷静に、論理を立て、感情的にならずに物ごとに取り組み解決することを叩きこまれた。
その結果、僕の中学生活は戦友と共に様々な伝説を築き上げていた。
それを無残にも僕はこの数日で崩壊させられた。
「む、新鮮な反応だな。んー、抱き枕として中々良かったぞ」
足を巻きつけられるように抱かれ、頭を撫でられる。
吐き気を催すことはなく、なぜか高揚。
ああ、これが興奮というものなのだろうか。
ひどく厄介だ。
頭の回転が著しく悪くなり、心がどうも悪い方に傾く。
「くっ!」
僕は都和を蹴るようにして脱出する。
勿論、強くはないがそれでも距離は取れた。
「都和……僕は男。男なんです」
強く宣言するも。
「今は女だろ?」
全く気にされなかった。
都和は男に対して不用心だと思う。自分が魅力的な女の子だということに気付いて欲しい。
「心は未だに男です!」
「それもいつしかってか。心は身体に引っ張られるからなあ」
縁起でもない。
「まあ、そのときは一生面倒見てあげるから」
「プロポーズのつもり?」
「慰謝料のつもり」
金持ちってやつは。
「……男に戻っても別に養っても良いぞ?」
「良いです。そこまでは世話にはなりません」
「ふーん」
都和は小さく欠伸をすると、僕にまた近寄ってくる。
「もう少し横になろう?」
「や、もう起きます」
六時半。少し早いがこのまま流されていたら僕は男として大切な尊厳を失ってしまう。
都和の価値観に巻き込まれると僕の男が死ぬ。嬉しい断末魔を聞かせるわけにはいかず、僕は腹筋に力を入れて身体を起こす。
「おいおい、ボタンが取れているぞ?」