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目にも止まらぬ早業で僕の手から問題の物を取った。
一瞬目の色が変わったのはきっと気のせいではない。
小夜は袖で顔を隠しながらぼやいた。
「メロメロにするつもりがぁー……」
「メソメソになっているね」
なんて言わずに、僕はただ苦笑した。
メロメロに出来るものならばして欲しいものだが。
「お風呂入ってきます……」
項垂れた姿のまま部屋から逃げるように出て行く。
「あにゃ!」
鍵を閉めたことを忘れていたのか勢いが良過ぎてドアにぶつかっている。
大丈夫かあの子。
部屋の前まで見送り、誰もいなくなってから僕は呟く。
「好意を素直に受け入れつつも……いつかは小夜から逃げる用意もしないとな」
小夜の期待には答えられないと思うから。これ以上僕に近寄らせないことが必要になる。
好意は嬉しいし小夜は可愛いけれど、僕が小夜に何かしたいということはない。小夜に限らず、異性全般に。
異性を意識出来ないことが失礼なのは重々承知しているので、向けられる好意に対して僕は距離を置く。
それは極めて臆病な処世術だと我ながら思う。
「そういえば、僕のこの恋愛感情のなさに兄はこういったっけ」
恋なんて間違いだ。それでも人は誤らないと近寄れない。誤る相手は俺が見つけてくるから今を後悔してろ。
五年……いや、それよりも大分前に言われた気がする。
当然年齢を考慮すると当時も性欲はなく、まだこの問題に楽観的ではあったが。
兄が覚えているかもわからないこんなセリフを覚えている僕も僕だな。
そもそもなぜ僕は性欲を感じないのだろうか。
「ムラムラしたいのに」
「……へにゃっ!?」
戻ってきた小夜に聞かれた。
迂闊だった。
「こほん……忘れ物?」
僕は表情を作り、何も言っていないことにした。
「い、いええ……な、なんでもないです!」
リセットは失敗し、小夜には逃げられた。
そういえば、話が中断してしまったがさすがにあの状態では今日は聞けなさそうだ。
「都和の部屋に戻ろう」
僕と小夜の傷口がこれ以上大きくなる前に。
事態が少しだけ前進したと思いつつ、失敗や新たな問題は置いておいて部屋に戻ることにした。
三十分の約束はすでに大分過ぎている。