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僕は悩むふりをして少しだけ時間を稼いだ。
「んー……どうしようかな」
「にゃー? 悩まれるとはなー。破格なんだけれどもにゃあ」
「だって、刃物を持つ人にお願いする気にはないないよ」
「じゃあ、ぽいー」
そういって、裏千華はボーリングを投げるとき同様に後ろに振りかぶるような優しいフォームでナイフを放り投げた。
様々なデザインの刃渡りの短いナイフが足元に散らばる。
「はりはりー。時は金なり。沈黙は禁なり。勇ある弁を吟じてどーぞー」
丁度、そのときに僕の背中に回っている手に力が入ったので僕は扇風機よりも遅く首を横にした。
「ふふーん。きっと後悔して、いつか自分にかっと来ますにゃー」
ふと目元と口元を鋭くすると裏千華は僕の目の前から消えた。
「ぐっ!?」
背部に白打。
にぶい衝撃ではなく、ビンタのような熱い衝撃を受けた。
それはまるで僕の選択を責めるようである。
僕が咄嗟に後ろを振り向こうと横を向いたとき、僕の視界が縦に一回転した。
「あとは任せて下さい!」
小夜が僕と立ち位置を変えるために背負い投げをしたのだ。
衝撃はないものの僕は咄嗟の二つの出来事に混乱した。
あまりに桁外れた戦闘に巻き込まれ身動きできなくなった。
達人の試合に初心者が巻き込まれたなんて温いものではない。高速道路に置かれた亀の気分だ。ただ、右往左往するしかない。
ふと気付けば僕の足元には夥しいナイフが落ちていた。
いつ投げたかも、そもそもあまりに速過ぎてどちらがどちらかわからない。
恐らく逃げても仕方ないのだろう。
成り行きに身を任せるしかなく、僕はこのとき後悔した。
選択肢ではなく小夜を無理やり巻き込んでしまったことを。