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僕の耳元で誘ってきた。
「……」
あえて無視をしてみる。
確か対価と引き換えに僕が何かしないといけない約束だったはずだが。
「ところで、羽衣は何か部活しているの?」
「いえ、高校に入ってからはしてないっす。中学のときは陸上してましたが……」
「やめちゃったの?」
「飽きちゃったんです」
どこか用意された答えのように聞こえた。家の環境か、それとも呪いによるものか。
「面倒だな……」
つい口に出てしまった。それは近くでないと聞こえないほどであったが、小夜に反応された。
「うぅー」
傷つけてしまったか。
「小夜じゃなくて……あー、お風呂には一緒に入ってあげれないけど前から抱きしめてあげるから」
言うと無垢に笑い、前に出てきて僕の膝に座った。
そうなんだ。
そう意味に捉えられたか。
別に軽いから全然気にはならないけれど。
「小夜先輩ったら可愛いっす!」
ビシッと親指を立て、僕に見せる。良いものを見せた覚えはない。
「小夜って、年齢誤魔化してないよね?」
「結婚は出来ます」
贔屓目に見ても年上には見えない。年上の人が甘えて、若く見えるとかはあると聞くが、妹と同じ年齢といった方が僕には混乱が少ない。
「百合っすねー。女学校に入って初遭遇っす!」
羽衣は羽衣で盛り上がっていた。
「僕もいつかお姉さまと言える人に会いたいものっす!」
危険思考を持っていた。
僕の中でのリスク度を一つ上げておく。
さて、誤魔化しておこう。じゃないと、転校初日にして上級生を陥落させた百合百合な乙女なんて噂が流れてしまう。
「あんまり言わないで欲しいんだけど実は僕と小夜は遠戚なの」
「そうなんっすか!?」
嘘だ。真顔に若干のシリアスな声を混ぜるのがポイントである。
ここに他の人がいなくて良かった。特に楔に聞かれたらこんな苦しい言い訳は通らない。
「だから皆と比べて懐いているの。でも、家庭事情が複雑だから内緒にしてね?」
「わかったっす!」
洗脳完了。
短く言って、あまり持ちあげたくない話だということにする。
小夜は僕の膝の上でとろけているので、あとでそういう設定にしたと確認しておこう。小夜から説明すれば誰にも疑われないだろうし。
それにしても、小夜が僕に対してこうなる訳を早々に見つけないといつか暴走しそうで怖い。昔、会ったことがあるというが本当だろうか。
さすがにこんな綺麗な銀髪をしていれば嫌でも覚えていそうだが。