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「やりません」
きっぱりと言ってやった。
「そもそも目立つのが嫌だったんじゃないの?」
「変装はしますよ。あ、周はそのままでも良いわ」
「嫌です。出来ませんって」
「実際してみたらその言葉は覆りますよ?」
どこの権力者だ。
僕は丁寧に断った。
「つまんないの」
「中学だって……演劇させるのはなし崩しだったじゃないか」
「そうでしたっけ?」
ちゃぷちゃぷとお湯をかき分けて近寄ってくる音がして僕は自然と力が入った。笑っている気がする。
「あのとき嫉妬しましたね。まさか、演技で私が騙されるとは思いませんでしたから」
楔との事件ファイルそのいち。ストーカー含めてクラスメイト数人を変装で騙すなんてことをやった。あれは単純に被害者の背恰好が僕に似ていたからなのだがなぜか事件に首を突っ込んでいた楔に過大評価されてしまったのだ。
「あれは」
僕が評価を自ら下げようとすると、背中に手の平を乗せられた。手の柔らかさに身をよじる。
「な、なにするの」
「少しだけストレス発散」
なぜ僕に。
驚く間もなくぬるりとした液体がゆっくりと僕の背中を這う。
ボディソープだろうけれどもくすぐったい。
「にゃう!?」
「ふふふっ」
楔に苛められるとは思わなかった。
まさか反撃に転じて楔の身体を正面から見るわけには行かず、僕はそのままうつ伏せになるように倒れ、くすぐったさに必死に声を押し殺した。
「もう、そんな風にしてたら綺麗に出来ないでしょうが。私の演劇の糧になりなさい!」
「……のっ」
そんな怪しいところを姫城さんに見られてしまう。
違う、そうじゃないんです。
言い訳するのに時間がかかり、半信半疑だったために結局切り札を使う羽目になった。
「ほぅ、七海と萩野は旧友じゃったのか」
楔から抗議の視線が突き刺さる。
だが、僕も自分の評価を不当に下げたくないのだ。
営業モードの気づかいをしたくないのか僕に背を向けて髪を洗いだしてしまう。
僕は背中すらも見ないように気をつけつつもう一度湯船に浸かった。
湯船は良い。
裸を隠してくれるのだから。
「……」
少しだけ。
少しだけ、気持ち良かったのは心に秘めておく。
これでも男ですよ皆さん!
なんて言えないけれども。
だが、少し興奮してしまったのか姫城さんに指摘されてしまう。
「目の色が変わっておるのじゃが、大丈夫かの?」