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現実的ではないが、ここのものを一つでも売ったら僕は何回家に帰れるだろうか。
「ようこそ、姫小百合寮へ」
田舎者以上に視線をあちこちに動かしていると楔はそんなことを言った。僕は曖昧にまたも苦笑いで返してしまう。もう少し時間を置かないとポーカーフェイスは回復しそうにない。
「えっと、お名前をお聞きして良いですか?」
「はい、私は萩野楔と言います」
イージーミスを犯すこともなく、僕は萩野楔の名前を手に入れる。復唱するまでもなく記憶に染みついている名前を僕はすぐさま他人行儀で呼ぶ。
「萩野さんは」
「楔と下の名前で呼んで下さい」
「……楔さんはここのメイドさんなのですか?」
「寮というよりは個人に仕えています」
ぴしゃりと返された。柔和な笑みを浮かべているが取り付く島がない。付き合いの長い僕でも役を演じているときの楔の笑顔の下はわからない。それでも何か話そうとしたが先手を打たれてしまった。
「転校初日はどうでしたか?」
「……緊張しました」
後手後手だ。戦友を敵に回すべきではないと強く思う。
その後も簡単に寮の説明をされ、一分の隙もない。
姫小百合寮は元はロシア人が持っていたものであり帰国することこともあり安価に売られていたものを学園側で土地ごと購入し、改修。その結果、築年数は長いものの内装は比較的新しいものを採用しているとのこと。
「是非、寮の内部も説明したかったのですが夕食の時間まであまりないので先にお部屋に行かれてはどうですか?」