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小夜は一人夜風に当たるべく会場から抜け出した。
天想代力を使えば存外簡単に部屋から抜け出ても誰も気づかれない。
「動くんじゃない」
だが、天想代力を切ってエレベーターに乗ったところで小夜は捕まった。当時八歳でも天想代力のせいで知識だけはあり、目が血走った男が何を欲しているのかはぼんやりとわかった。
金がないのだろう。
高いスーツを着ていて黙っていれば品格がありそうなところを見るとどこかの御曹司だったのかもしれない。
小夜はふとニュースで企業の倒産の危機が噂されていたことを思い出していた。
「こ、これを見ろ」
小夜は首元に突き付けられた拳銃をじっと見てため息を吐く。
到底致命傷にはならない。ホテルの屋上から飛んでも天想代力のせいで死ねない。
小夜は死ぬことを考えていた。
身体を明け渡すくらいなら。
楽しめないのならばいっそ死んだ方が良い。
死ぬためには。
「……ばぁん」
小さく声と共に銃が暴発して、男の腕をえぐる。拘束から逃れるのは簡単だった。もがく手にひっかかることはなく、無様に男は地面を這いつくばる。
追いかけてくることも出来ない愚図で弱い男だ。
「あぁああああああああ!!!!」
聞くに堪えない悲鳴を消すためにエレベーターが開いた階で男を置き去りにした。
「おっと」
エレベーターから降りてすぐに、小夜は小さな女の子と会う。
ピンク色のパーティドレスに合わない長い日本刀を持っている。
「入らない方がいいですよ」
気まぐれの忠告はすぐに添削されて返ってきた。
「音が気になるなら消せば良いのに」
解せなかった。その態度に。
小夜はすぐに自分と同じ存在なのだと気付いた。
「なんだその目は。俺と一緒に来るか?」
「……何をするつもり?」
「理由なき正義。知っているか、世の中を変える人を」
「なんです?」
「天才と凡人だ」
「全員ということ?」
「いや、違う。天才が変えようとしたことや変えたことを凡人が横やりを入れて変えるんだ。弱者は強くて……卑しい」
そういって、刀で男を突き刺した。すぐに静かになった。
「あんまりエレベーターを待たせるわけにはいかない。行こうか」
「殺したの?」
「いや、喋れないだけさ」
「……」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は端原玖乃。平和主義者だ」
胡散臭い笑みで、年下に見えるが小夜は死ぬことをひとまず置いて彼女の動向が気になり付いて行くことにした。