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小夜も着替えず結局は手ぶらのまま外に出ることになった。
ただ、移動手段を得ただけだ。
屋敷裏に回り、ガレージらしきところに一台。
「……いや、あの小夜さん?」
「ちゃんとヘルメットして下さいね」
バイクだった。
原付とか、スクーターなんかじゃなくて大型。
小夜が三人いても起こせない程重そうだが。
「運転できるの?」
「そりゃ、ハワイで習いましたから」
「ハワイはそんなところじゃない!」
「勿論冗談ですよ」
「免許はあるの?」
「ないですが、運転するのは私道までなので大丈夫です」
僕は小さく首を横に振る。
小夜はがっかりしていたが、さすがに心配が大きすぎた。
結局、ハウスメイドの一人に車を運転してもらうこととなった。
ちなみに高級車ではなく、普通自動車である。それがとても安心した。
「周さんは私を全然脅威に思わないのですね」
「小夜って脅威なの?」
今なんて僕は横に並んでかつ、手を繋いでいるけれども。
それも恋人繋ぎで。
離そうとしたけれどもついてくるので諦める。
「例えばですが。私や千華は街ぐらいは壊滅させられますよ」
「小夜はそんな子じゃないでしょ?」
無言で抱きつかれた。嫌ではないけれども。
結局、僕は重い話を車中で聞けなかった。
「さてと、周さんをエスコートしますね」
車を降りて、人の多い大通りへ。
「ちょっと待って」
今更だが恥ずかしい気がする。
恰好が。
地元から離れているし知り合いに見つかるおそれはないけれどもそれでも知らない人に見られるのは少し恥ずかしい。
羞恥は楔の目の前で捨てたはずなのに、都和と小夜にいつの間にか拾われてしまった。
「……ごめん、ちょっと服装から先に良い? それも男物で」
「意外ですね。学園ではそんなことなかったんですが」
「学園は皆が制服だからかな」
自分でもよくわからない。
「別に良いですよ」
目を細められる。
僕はこうして、男物の服を手に入れた。
とはいえ、黒い綿パンツとカッターシャツであり女性が着ても着こなせてしまうので男らしさはあまり出ない。久しぶりに男物の服が着れたので少し嬉しい。服を着替えてこんなに嬉しいのは初めてかもしれない。
「あんまり透けない……」
「なんで透けるのを楽しみにしているの……僕はシャツ着ているから意味ないって」
「むー。まあ、良いです。一度喫茶店に入って落ち着いてから今度は女性服を買いますからね」