ややこしい噂
「『美しすぎるパートさん』と一緒に仕事するんでしょ? 本当は楽しみなくせに。」
珍しく拗ねる華本美玲に、逢沢尚人は小さく溜息をついた。
「まだ言うか? あのな、だいたい美しすぎるってフレーズは、『ナントカのわりに』って言葉が頭に隠れているんだ。おばさんばっかのパートのわりには美しいのかもしれないけど、26歳で美人な美玲が心配する事はないって。だいたい俺、美魔女とかいうジャンルは好きじゃないの。わかった?」
「・・・はぁい」
ようやく美玲から素直な言葉が出た。
「ほれ、手。」
差し出された尚人の手に、完璧なネイルの施された指が絡む。
二人は店を出て歩き始めた。
身長167cmの美玲はさらにハイヒールを履く。
それでも違和感なく一緒に歩ける尚人は186cmの長身。
付き合って1年になる二人は、住宅メーカー㈱ナチュレオムに同期で入社した、社内でも有名な美男美女のカップルだった。
タクシー乗り場に着くと、美玲は寂しそうに尚人を見上げた。
「せっかく尚人が大阪本社に異動して来たと思ったのにたった10ヶ月でまた神戸営業所に戻るなんてね。」
「半年間だけだ。7月にはまた本社に戻るよ。それにしょっちゅう会議で来るからさ。」
「うん。まあそうだけどさ・・・」
美玲が意味深な顔で尚人を見つめた。尚人の切れ長の目が優しく見返す。
「どうした?」
「噂の美しすぎるパートさんに会った感想、正直に言うのよ?」
尚人は苦笑した。
「まだ引っ張んのかよ~っ はいはい、わかりました!」
美玲をタクシーに乗せた後、尚人は駅に向かった。
マフラーを巻き直しながら今日廊下の自動販売機前で会ったコウヘイとの会話を思い出す。
「よぉコウヘイ。お前いつも自動販売機前にいるなぁ。真面目に仕事してんの?」
「こっちのセリフだ。それより尚人、お前来週からまた神戸に異動だって?」
「ああ、新しい図面ソフトの試験運用で半年だけな。」
「へ?お前みたいな図面ソフト苦手な猿が?」
「っるせ。ソフト触るのは俺じゃない。製図室のパートさんが営業同行して操作してくれるんだよ。」
「へぇ、パートの営業同行なんて珍しいな。でもいいな人妻・・・彼女に言えない事すんなよ!」
コウヘイの思考は相変わらずチャラい。
尚人は眉を歪ませて答えた。
「残念だが俺は人妻の趣味はない。そしてそのパートさんは人妻じゃあない。シングルマザーだそうだ。」
「シングルマザー?そりゃ迂闊に手ぇだせねーな。・・・あっ!もしかして西園寺さんって人?」
本社の他部署所属のコウヘイから、自分ですら会った事のない支店のパートの名前が出てきたので尚人は驚いた。
「え・・コウヘイ知ってんの?」
「いや、俺も噂でしか知らないんだけどな。」
コウヘイはニヤニヤしながら答えた。
「西園寺さんは『美しすぎるパートさん』だ。」
「・・・何その久しぶりに聞くフレーズ」
「フランス人とのクオーターで超美人の男好きのシングルマザーだって♪ 去年、製図研修に来た新卒男子何人か食ったらしいぞ!」
「は?」
「さらに引率の課長と不倫したんだって。そして彼氏は茶髪のチャラ男らしい。」
「まじ?なんでお前がそんな事知ってんの?」
「俺の課の新卒ちゃん情報!こないだ飲み会で話題になったんだよ。尚人、おまえなら絶対その美魔女に狙われる!食われちゃったら報告しろよ!」
コウヘイはそう言って、ニヤニヤ笑いながら去っていった。
ったく。美玲には心配かけたくないから秘密にしておいてくれと言おうとしたら、コウヘイのやつ、もう言ってやがった。
ただでさえ ややこしそうな女性と一緒に仕事をするのかと気が滅入っていたのに、美玲に拗ねられてめっちゃ疲れたじゃないか。
それにしても・・・
課長からは真面目で仕事ができるパートさんだと聞いていたから驚いた。
仕事は真面目でもプライベートは真面目ではないんだな。
仕事以外では絶対に関わらないでおこう。
1月の寒い駅のホームで、尚人はため息をつきながら電車を待った。