宇宙の侵略的外来種ワースト100:「彼女」
・はじめに
我々銀河連合が現在各地の星系の開発に乗り出し、他の様々な銀河組織と交流を重ねているのは既にご承知の通りであろう。様々な文明が接触する中で、時には不幸な出会いと言う事も起きてしまうが、様々な技術や新しい考え方など、様々な良い面も多く得ているのは間違いない。そして、各地の文明系にはそれを取り巻く数多くの生物が存在し、その独特さは我々の中でも非常に興味深い一面となっている。だが、各地で交流が進み、我々の同盟組織が増えている中で一部の生物が他の生態系や文明系に侵入し、各地の宙域の生態系はおろか、文明の維持すら危うくなるという事態が各地で起きている事が以前より報告されていた。特にリタクスル星系第四惑星における結晶型生命体が、各地の惑星周辺を包む宇宙線のエネルギーを吸収して異常繁殖し、(旧)第四エンヤート航路を廃棄せざるを得ない事態になった事は皆様もご存じだろう。これがきっかけとなり、銀河連合及び同盟を結ぶ各組織間に、警戒および対処のための『特定宇宙外来生物対策要綱』及びそのマニュアル『宇宙の侵略的外来種ワースト100』が昨年纏め上がった。
その中で、かつてハトラエ星系において猛威をふるい、現在進む開発事業によって多方面への生息域の拡大が恐れられている生物がいる。今回、この項目では現在最も警戒が行われている外来生物の一つ『彼女(She)』について説明する。
・概要
前述したとおり、『彼女』の原産地はハトラエ星系第三惑星……かつてそこに住んでいた知的文明の記録では「地球」と呼ばれていた星とされている。彼女の体は基本的にタンパク質を始めとする有機物質で構成されているが、高温多湿、また圧力に対して強い耐性を持つ事が知られている。
大きさは、過去の文明の単位を利用すれば体長は160センチ代前半とされる。外見は、知的文明の持ち主であった生物……かつての記録に従えば「ヒト」と称されるもののうち、女性と呼ばれる性別に近い。ただ、詳細な外見情報に関しては残されていた様々な記録と照らし合わせた所、どちらかと言えば異質なものである事が判明している。
頭部には紫色の体毛が首と付け根部分まで伸びており、体には肌色の肉体の他に、ピンク色の外皮がそれを包み込んでいる。ただ、資料に残されている「服」と呼ばれる外皮とは異なり、胸部の大きな膨らみと二本の脚の付け根やその周辺を覆う、現地の言葉で言う「ビキニ」と呼ばれるものに近いとされている。なお、この「ビキニ」に関してはそれを構成する成分が他の体と異なっている事が分かっており、過去は体の一部分では無かった可能性が高い事が判明している。また、上下二つの部分に分かれている「ビキニ」のうち、上の部分は先程も述べた通り胸の部分の膨らみの前面を覆っており、その膨らみは過去の文明では「巨乳」と呼ばれていた事が分かっているが、それが何のために役に立つのかは不明である。
餌などについては、自己の内部で栄養成分を精製する能力が著しく発達している事から僅かな太陽光や刺激のみで何十年も生きる事が出来る体になっている。また、栄養分の副産物として宇宙空間における宇宙線などの有毒要因から身を守るための強力な外装物質が備わっている事も同時に確認されている。ただ、これらの詳細なメカニズムはまだ不明な所があり、自らの体を維持するために必要な酸素をどうやって蓄えているのか、宇宙の超低温下で何故平気なのかなど謎は多い。
前述の通り、『彼女』の姿はそこに住んでいた「ヒト」の女性によく似ているが、かつての文明のように多数の言語を操ると言う事はせず、「うふふ♪」や「あはは♪」のような鳴き声のみを話す。知能に関してはヒトと差は無い事が確認されているが、現在その知能の中枢の大半は『彼女』の個体数を増やす事に費やされている。そしてこれが、『宇宙の侵略的外来種ワースト100』に認定された最大の要因である「繁殖力の高さ」に繋がっている。
『彼女』は基本的に、分裂増殖と言う形で増える事が確認されている。安定した環境下では約1分に1度分裂を行い、2倍の数に増殖を続ける。栄養が少ない宇宙空間では数分に一度、栄養に富んだ場所では最短で10秒に1度の頻度で分裂を行い、ピンク色の「ビキニ」姿の『彼女』の数が2倍に増え続けるのである。体の大きさと比較して非常に高頻度の増殖能力故に再生能力も非常に強く、細胞はおろかその内部の遺伝物質の一かけらからでも僅か数秒で新しい個体が生まれ、再び増殖を始める。条件によっては冒頭に述べた結晶型生命体以上の繁殖力を示している一方で、いくつかの条件では細胞が「胞子」を思わせる休眠状態になった事が過去のヒトの記録で確認されているようだが詳細は不明である。
また、『彼女』の大群の中に『彼女』以外の生命体が混ざっている場合、それらを自身の遺伝子と同等にして取り込む能力がある事が知られている。その場合、その生命体の体に自らの唇を接触させると言う「キス」と呼ばれる行為を行う事が知られており、その唇が触れた範囲の細胞を『彼女』と同等の細胞に変え、元の生命体の肉体から一つ一つ剥離されてそれぞれの細胞が数十秒で新たな『彼女』になる事が知られている。しかも、僅かな時間の間に『彼女』の細胞は他の細胞にも影響を与え、最終的に『彼女』の唇によって接触された個体は最低でも数十秒、最大でも1日の間に全細胞(数億~数千兆)の一つ一つが新しい『彼女』の個体へと変わってしまうと言う。その恐るべき病原性も、侵略的外来種として警戒される要因になっている。
なお、これらは有機生命体において被害が確認されており、ロボット文明を中心にした機械生命体では病原性は確認されていない。しかし、『彼女』の遺伝子や細胞の欠片が関節部などに入りこみ、そこから『彼女』が無理やり再生しようとする形で故障、もしくは死亡事故を引き起こしている。再生途中で『彼女』の体に破損が起こり、そこから流れ出した体液や割れた肉体からさらに数多くの『彼女』が再生すると言う厄介な事態も起きている。
・経緯、被害
この『彼女』がどういった要因で進化を遂げたのか、それを生み出した知的生命体……ヒトの文明は既に何千年も前にハトラエ星系第三惑星の生命と共に滅んでおり、はっきりとした理由は分かっていない。ただ、残された資料の多さから研究が進み、少しづつその経緯が明らかになっている。
元々この『彼女』は自然界で生まれた物では無く、ヒトの文明が生み出した生物種である事が分かっている。記録によれば、ヒトの生命力をより向上するための実験の過程で、様々な遺伝子を融合した結果誕生した存在とされており、『彼女』の基になった最初の個体には、より強靭な生命力を組み込むと言う要因があったようである。なお、記録に記されている内容によればその個体を創りだした特殊な遺伝子はその配列を司るタンパク質の名前を用いた名称が名づけられていたようだが、ヒトが主に使用していたと言うアルファベット5文字もしくは6文字で、最初の2文字が「MA」である事以外は記録の破損により分かっていない。
通常のヒトの個体は発生後1年に渡って母体の中で成長し、その後外界に出て、その後も成長を続けたと言われている。だがその個体は僅か一週間で外で暮らせるような形となり、誕生後1ヶ月で現在の『彼女』と全く同じ姿形になったようである。生育に成功はしたものの、そのあまりにも凄まじい成長の速さに恐れた彼女の生みの親たちは何らかの形で彼女を消去しようと考え、そのまま処分しようと決断したと言う。その際、彼女をそのまま残すか否かで長い間議論が続いた事が記録されているが、その間も『彼女』により強い生命力を得らせるために様々な追加実験が行われ、件の特殊な遺伝子に関してもより強化が進んでいたようだ。製作進行を指揮する側と、それを実際に行う側の間に大きな壁が生じていたのは確かである。
そして長い議論の末に下された結論は、『彼女』を消去すると言う事だった。だが、この時点で既に『彼女』の生命力はヒトの想像を遥かに超えるものとなっていたようだ。その証拠はすぐに訪れた事が、残された資料の中から知られている。ヒトの技術によって生み出された、確実に遺伝子ごと消去すると言われる方法を用い、『彼女』自体の存在を無かった事にしようとしていたようだが、この時点で既に『彼女』の細胞はそれらの条件に耐えうるだけの能力を持っていた。そして、数ヵ月後の資料の記録には、『彼女』の増殖が手に負えない段階となり、実験どころでは無い状況になっている事が記されている。この時点で『彼女』の数は最大で数千に達していたようだ。最終的にこれらの実験は中止となり、実験所は数千……その時点では数万もの数になっていた『彼女』もろとも焼却処分になり、立ち入り禁止になったようである。だが、それすらも『彼女』にとっては無意味であった。焼けた体から細胞の欠片が風に乗って何千何万も飛び散り、やがて大気中を漂い始めたのである。この時、細胞が『胞子』状になったと考えられている。
それから数カ月後、ハトラエ星系第三惑星……当時は「地球」と呼ばれていた惑星の各地で、『彼女』が次々に数を増やしているという報告が確認されている。既にこの時点で、「概要」欄で述べた凄まじい繁殖能力を身につけており、あっという間に人々や動物、植物と言った生命体を『彼女』に変貌させ、また自分自身の数も増やしていった。当時の資料では僅か5秒に1度の頻度で数を2倍に増やし、その何兆倍もの数の新たな『彼女』を他の生物から生み出している事が記されている。
その後、ハトラエ星系第三惑星から「彼女」の動向を含めた全ての知的生命の記録が途絶えたのは、焼却処分を行ってから僅か半年後である。現在、第三惑星の表面は『彼女』の紫の体毛(髪の毛)、肌色の皮膚、そしてピンク色の外皮(ビキニ)の色で包まれており、大地は既に何千京人もの『彼女』に包まれ、何千何万重にも渡って覆われている。その数は今もなお増え続けており、過去の第三惑星に比べて直径が大きくなっていると言う報告もある。
また、彼女によって覆われているのは第三惑星だけでは無い。当時、ヒトは第三惑星(地球)以外にも、その周囲を回る「月」と呼ばれる衛星や、第四惑星(火星)、第二惑星(金星)にも勢力を広げていた事が分かっている。第二惑星に関しては生息に適した環境への調整が失敗し放棄されたようだが、第四惑星と衛星に関しては積極的に第三惑星との間で物流交換が盛んになっていたようだ。しかし、それが仇となった。現在一番恐れられている「宇宙船による生息域の拡大」が起きてしまったのである。
双方の地域でヒトの文明の記録が途絶えたのは焼却処分を行ってからこちらは最長でも3ヶ月後であり、地球よりも遥かに早く最悪の事態を迎えてしまったようだ。現在、第三惑星の衛星には最大で数十兆人の『彼女』が埋め尽くしており、第四惑星には数十京人の『彼女』が覆っている。第三惑星も含め、それらに共通しているのは、惑星の外部は紫色、肌色、そしてピンク色で覆われている事、内部外部問わず今もなお分裂増殖が続いている事、そして……
「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」「うふふ♪」「あはは♪」
……と言う鳴き声が数限りなく続いている事かもしれない。
なお、この声が何を意味するのかは現在の所一切不明である。
さらに、特に第三惑星や第四惑星を中心に、溢れ出た『彼女』が大気を超えて宇宙の無重力空間でも大量に増殖している事が最近になって確認されている。これらについて明らかになったのは、星系連合と連携を結ぶ「企業連合星系」がこの星系周辺の資源開発を計画、実行した時であり、その時には既に第二惑星や第五惑星、第六惑星の周辺にまで『彼女』の大群が漂いながら分裂増殖を続け、宙域を覆っている事が確認された。特に、第二惑星から第三惑星・衛星間周辺に関しては『彼女』の数があまりにも多すぎて(推定数十~数百京人)惑星の判別が困難になっている他、異次元航路エンジンを用いた宇宙船以外での航行が不可能な状況になっている。その中で、旺盛な繁殖力によって資源開発の壊滅的な阻害が発生し、その被害の大きさからこれらの惑星間の立ち入りが制限され、研究目的のみの侵入が許可されているのは既に承知の通りである。
・対策
今の所一番有効な対策としては、恒星クラスの超高温を一定時間浴びせると言う方法が最適である。ハトラエ星系の中央にある恒星の近くには『彼女』がいない事もそれを裏付けている。他にも、過去に第三惑星で行われていた方法としては、超高圧のエネルギーで圧縮し、そのまま細胞を崩壊させると呼ばれる方法もあるようである。しかし、宇宙空間でも平気で過ごせるという強靭な生命力を持ち、旺盛な繁殖力で子孫をあっという間に残す事が出来る『彼女』の対策としてはいつか不十分になる事も危惧されている。事実、超高温によって消毒されたはずのアシスタントロボットの個体から、再生するギリギリの段階での『彼女』の遺伝子の欠片が見つかっている。また、接触感染によって『彼女』に汚染された場合特効薬は無く、死亡する可能性がほぼ100%のため、現在取るべき一番有効な手段は、ハトラエ星系に近寄らないと言う事が一番だろう。
幸い今の所被害はハトラエ星系を覆っていた「ヒト」による文明の完全崩壊およびハトラエ星系およびその周辺の宙域の開発中止のみで済んでいる。だが、今後様々な勢力がこの場所を利用しようと考える中で、『彼女』がいつ外部に漏れるか分からないと言う危険性も秘めている。まだ対策が進んでいない勢力もあるため、即急に各地の組織の上層部は「彼女」への対抗手段を徹底するようにして頂きたい。
・参考文献
「公式ガイドブック:宇宙の侵略的外来種ワースト100」(ikikee41~48)
「ヒトの歴史~美しき蒼の文明~」(oken111225)
「ハトラエ星系開発中止についてのお知らせ」(eudk001~199)