封印の目覚め
その者は古代から封印されていた存在。
誰も知られていない、知ってはいけない存在。
だが、一度世界に解き放たれると、壊滅的な被害を遭うことは間違いないとして、伝説として言い伝えられてきた存在。
「で、なぜ討伐命令を?」
俺は勇者と呼ばれている者。
いつの間にやらそう呼ばれるようになった。
今日来ているのは、俺が召喚した魔王とともに、魔王の祖父にあたる王の謁見の間だ。
なぜかは知らないが、王は俺のことを魔王の婚約者だと思っている節がある。
まあ、召喚主として魔王と一緒に行動している俺のことも知っているはずだから、いずれとける誤解だろう。
「ああ、辺境地域で、よろしくないうわさが立っていてな。勇者よ、おぬしがその調査をしてまいれ」
「国王陛下の命とあらば。勇者として、数々の武勲を立ててきましょう。して、その場所とは」
「グラデール地域だ」
グラデール地域とは、国土の最北端に位置している。
農業が不可能な土地となっていたが、一方で、豊富に産出される貴金属や水晶、また最高品質の鉄や鉛といった金属類などによって、国土一繁栄をしている土地でもある。
「ようこそお越しくださいました。当方はこの地域の行政執政官でありますガバディ・マグレスと申します。勇者さんと魔王さんで、ございますね」
「そうです。ガバディさん、ここまでありがとうございます」
「いえいえ、仕事ですから。では、早速ではございますが、話は伝わっておりますでしょうか」
「ええ、国王から直に。確か、魔物の討伐と聞いておりますが」
「その通りです」
ガバディは、俺らがいる大通りから、遠くに見える山を指さした。
「あそこに、その魔物がおります。あと7日もすれば、封印は解かれて、再び暴れ出すこととなるでしょう。そうとなれば、この地域は灰燼に帰します」
「それは厄介だ……」
俺が一言いうと、魔王がガバディに聞いた。
「どんな特徴?」
「えっと、身の丈は10m、大きな2本のツノを持ち、牛の頭、羊の胴体、馬の脚、犬の尻尾を持っております」
「キメラね。おそらくは魔界産の」
「なんだか、心当たりがありそうな声だな」
「私の記憶に間違いがなければ、そいつは地域レベルではなく、国家クラスで挑むべき強敵ね。名前は確かグラフォリア。私でも勝てるかどうかわからない相手よ」
「なら、さっさと再封印の手続きをするに限るな」
「そうね、それが一番でしょうね」
そういう魔王を見て、俺はガバディに言った。
「そういうことですので、早速行ってきます」
「お気をつけて」
ガバディの声がゆっくりに聞こえると、目の前には洞窟が広がっていた。
「…魔法を使う時には、前もって言っておけよ」
「これが一番楽だしぃ」
それよりもこいつはどうやら、お菓子を早く食べたいようだ。
封印されているという魔物であるグラフォリアは、あっという間に見つかった。
洞窟の一番奥まったところに、奉られていたからだ。
座っている姿とはいえ、俺の身長の3倍か4倍はある。
それに、眠ってはいなかった。
「1000年の時を経て、神が参られぬか」
「神って誰のことだ」
急に口を開いたグラフォリアに、俺は聞き返す。
「魔界の王、王の中の王、その血脈は延々と語り継がれる。そう、この俺に語ったお方だ。俺は、そのお方の子孫にしか相手にせん。従うとすれば、彼らのみ」
「なるほど、神の子孫には従うのか」
俺は聞くと、グラフォリアはうなづいた。
「なら、これからもここにいてくれるように俺が言っても無意味か」
「当然である」
グラフォリアが平然と言ってのける。
「じゃあ、ちょっと待ってて。連れてくるから」
魔王が一瞬いなくなると、すぐに戻ってきた。
俺の友人で、神の正当な子孫であるミドリと、彼女を召喚した五月雨斎がセットでやってきた。
「おや、大っきくなったんじゃないか」
俺は五月雨に聞く。
「無事に3歳になったばかりだからな。魔界から家庭教師が1日に1回やってきて、2時間ほどみっちりと教育をしているんだ」
五月雨に隠れるように、ミドリはジッとこちらを見ていた。
「やあ、こんにちは」
しゃがみこんで俺が挨拶をしても、ちょっとビビっているようだ。
「人見知りでな。俺に一番なついているんだと」
「どうもそのようだな」
それで、と前置きをしてから、五月雨が聞いてきた。
「俺たちをどうしてこっちへ連れてきたんだ」
「ああ、こいつをどうにかして欲しくてな」
こいつ?と聞きながら、俺が指差した方向を見上げる。
「こらまたでかいな」
沈黙を保ち続けているグラフォリアに、五月雨はミドリを近づける。
「やーや」
嫌がっているが、その声を聞いて、グラフォリアは涙を流している。
「おお、再びその声を聞けるとは…」
「とりあえずさ、こっちはどうすればいいのかな」
五月雨が不安げに聞いてくる。
「ああ、こいつが再び暴れないようにしてほしいんだ」
「ならババっとやっちまえばいいだろうに」
「それがな、なかなかに強くてな。俺らじゃ歯が立たないわけよ」
「なる。それでミドリが呼ばれた訳か」
納得したようにうなづいていると、ミドリが何かをグラフォリアに話かけている。
「ふむ、なるほどな」
五月雨が、分かったようにうなづく。
「なんだ、共通語がわかるのか」
「まな。ミドリが行う魔法は、だいたいが共通語で記述されているからな。それで、俺も一緒に家庭教師に教わってるわけ」
「それで、ミドリはなんて言っているんだ」
「剣術指南役として、来てくれないかと。その代わり、今後は一切の破壊行為や戦争行為を禁ずると」
「なら、封印が解かれても問題ないな」
俺はそれからグラフォリアに尋ねる。
「このようにして神の子孫は参られた。グラフォリアは如何する」
「神の子の子であるミドリ様に、ついて行く。封印は解かれた。自由となりて、我らは共に戻る」
そう言い置いて、魔王が優しく、ミドリたちを元の場所へ戻した。
「向こうじゃ、急に現れたグラフォリアにびっくりするだろうな」
「間違いなくね」
魔王がそう言った。
それから俺たちは、ガバディへ報告をして、危機は去ったというと、大喜びで宝石の数々をくれた。
俺にはいらなかったが、魔王がオシャレをしたいというものだから、全部もらうことになった。
そして、その足で駄菓子屋へと向かう。
近所の子供達と混じりながら、魔王は目を輝かせて物色していた。
何と平和な日々だろうか。
ふと空を見上げたら、白い雲がポカリポカリと楽しそうに浮かんでいた。