異世界婚活事情
一見して値が張るものだと分かるものの、派手すぎず品位を感じさせる内装に、ロマンチックなアールヌーヴォー風の調度品の数々、上を見上げればきらびやかなシャンデリア、その更に向こうでは天井に描かれた天使が微笑みかけてくれるし、絨毯はふっかふっか。この部屋の持ち主のセンスが分かるというものだ。
何より肝心なのは、部屋の中央に置かれた簡易ベッドにうつ伏せになって寝ている半裸の男がこの部屋で一番ゴージャスなことだった。
「……陛下、相変わらず凝ってますね」
「最近また忙しくてな」
ため息まで気だるい色気がある。困った人だ。
「少しは休んだらどうですか?」
「今、こうして休んでるではないか」
「まー。そうですけどね」
はたしてマッサージ時間は休憩時間にいれていいものなのか。
何しろ、私は本職のマッサージ師でも、整体師でもなんでもない。ただの事務だ。
そんな私が施すマッサージが休憩になるのものなのかと疑問に思ってしまうけど、本人が休みだと言う限りはそうなのだろう。何しろ、彼はこの国の最高権力者。逆らうつもりはない。
「ミーコはまた腕をあげたのではないか」
「そう思いますか?」
ちょっとどこから、とっても嬉しくなるのは仕方がない。
見よう見まねというか、過去に自分がされた時の思い出を掘り起こし、陛下の反応を観察し、仲良くなった女官から顔見知りの騎士、従事見習いの少年まで片っぱしから捕まえ、彼らを実験体に練習した甲斐があったというもの。でも、ここは日本人らしく謙遜してみる。
「勿体ないお言葉でございます」
「うむ」
おっ。ツボにはいったな。
今の返事が私への相槌と同時に、私の親指が今まさに肩の凝りにツボにははいったことを知る。
そこからは、うんしょうんしょと重点的に凝りをほぐしていく作業に没頭していく。陛下も何も言わず、相変わらず無駄に色気のある声とも吐息ともつかぬ音をこぼすだけ。
何しろ、専門的な知識がない私だし、相手は国王である。
身体を扱う作業なので、時々間違ったことをしてはいないかと心配してしまってどうしても慎重になってしまう。でも、陛下はそういった私の気持ちをみこして、遠慮なくやれと最初の頃はいつも言っていた。
まだ怖いものの大分慣れ、私も自分の力量に少しだけど自信がでてきた。
もしこのままこの世界にい続けなくてはいけないのであれば、開業でもしようかなと思うほどだ。
「……どうでしょうか? 陛下」
「うむ。よかったぞ。大分、楽になった」
最後の方では簡易ベッドに座らせて、後頭部から腰にかけてほぐしてあげると、陛下の顔から満足の笑みがこぼれた。
やっぱ、イケメンだよねー。眼福、眼福。
大の男一人を一時間近くかけてマッサージしてやるのだ。こちらとしても、体力、気力を消耗するけど、この笑顔が見れただけでも帳消しにしたくなる。それでも疲れるには疲れるけどね。
「ミーコのまっさーじはやはりいいな」
どういう理屈なのかはわからないけど、私達は異なる世界同士の者にも関わらず言葉が通じる。
けれど、今みたいな外来語や、そもそもこの世界になかったものの言葉は理解できないようで、話せてもイントネーションが少し違う。でもね、そんなこと金髪碧眼のイケメンに笑顔で言われちゃうと、やだ―っ可愛い! で済まされてしまうってものだ。
ただ、美和子という名前の発音がどうしてもできないらしく、ミーコなどという猫みたいな呼び名になってしまったのは、三十路女として微妙なところである。
「それより、どうだった?」
「何がですか?」
「何がって」
シャツに腕を通し、自分でボタンをはめながら、陛下がやたら白くて綺麗な歯並びをみせて悪戯っぽく笑う。なんでしょうね、この可愛さは。本当に私と同じ年なんだろうか。
「図書館の男と見合いしたのであろう?」
「あー。しましたね」
それまで同じ室内にいたものの、影のごとくひかえていた侍従の指示で用意されたお茶を女官がうやうやしくもってきてくれた。
陛下と共にお茶に口をつけながら、私は渋い顔をする。
「……まあまあでしたよ」
「まあまあか。つまらない男だったろう?」
「陛下、知っていたんですか?」
悪戯ざかりの少年みたいな茶目っけのある表情を見せる陛下に、私はカップから口を離す。
「もちろん知らない男を、ミーコに紹介したりしないさ。こちらとしても、これはと思うような男を探してやっているのだから」
「それで、つまらない男だともわかっていたんですか?」
「そんな顔をするな」
くすくす笑われると、国王陛下相手に対して気やすすぎたと思って姿勢を正してしまう。
あぶない、あぶない。
つい親しげに接してくれるもんだから、こちらも男友達かのような態度で接してしまう時が最近多かったけど、相手の立場を忘れてはならない。今だって、存在を消してはいるものの侍従と護衛騎士が私達と同じ空間にいるのだから。
「ただ、前回は騎士だったし、その前は宮廷医師に魔術師、名うての政治家、宗教家、はては画家に料理人、みな貴族もしくは良家出身者で、それなりの称号も社会的地位も得ているし、将来も明るい。なのに、ミーコは首を縦にふらない」
「あ~」
気まずくて、うめき声しか出ない私はつい横を向いてしまう。
「ではと思い、今度は司書官にしてみた。奴はいずれ、王立図書館を治める立場の者だ。本だけしか能がない男だが、地味で堅実がいいというミーコの条件は満たしていると思ったのだが」
「そうですね……。それは分かっているんですが」
「ああ。私も分かっていた。つまらん男だが、ミーコも納得するかもしれないと」
ベッドから降り立ち、私に向き合う陛下は長身の美男子で、なおかつ誠実だった。
これで悪い人だったらもう少し違っていたんだろうな。
マッサージだってこんなに頑張らなかったし、こちらの世界で骨を埋めるべく結婚相手も探そうとしなかったんじゃないだろうか。
「私が未熟だったばかりに、ミーコを別世界に呼び込んでしまった。少しでもミーコの気持ちを楽にさせたいのだ。でもそれは私の我がままだったんだろうか……」
「陛下! そんな事はありません!」
私は慌てて首を振る。
「私が! 私が我がままなだけなんです。さっさと決めればいいものを即断できずに迷ってしまったりして。……司書官の人とももう一度会ってみます」
「結婚は大事なことだ。即断できないのが当たり前。迷うのは当然だ。気に入らない相手に無理に会おうとしなくていい」
「でも……」
「でも、なんだ?」
陛下は優しく聞いてくれるけど、私は口ごもる。
正直な話、これだけは言えないと思った。
見よう見まねではじめたマッサージ。
最初はお疲れ気味の陛下の肩を揉んだことからはじまった。
そしたら驚いた。この国にはマッサージという概念がなかったのだ。
そういえば、外国には肩こりという言葉が最近までなかったという話を聞いたことがある。日本人とはことなる体格や筋肉のつきかたが要因らしいけど、見た目が白人系のこの国の人たちも同様なのかもしれない。
かといって、凝るものは凝る。陛下はすっかり“まっさーじ”とやらが気に入ってしまった。
そんなこんなではじまったマッサージ。
陛下もハードスケジュールなので、連日の時もあれば週一、月一の時もあったけど、私は陛下の部屋に呼ばれ、そのたびにマッサージを施していた。
それ以外は基本暇なので、陛下が気を利かしてくれ、この国の生活習慣に王宮内での礼儀作法、言葉は喋れるけど読めないので読み書きや、歴史などを勉強すべく専門の教師をそれぞれつけてくれた。
一度も身に着たことないけど豪華なドレスや宝飾品までプレゼントしてくれた。王宮内はわりと自由に動き回れるし、何かあっては困ると護衛もつけてくれる。
そして、マッサージ。
これが私の仕事と言っていい。こちらとしてもただ飯食いの居候のような気分だったので、働けるのは嬉しい。だもんでいそいそと呼ばれるたびに陛下の部屋に行っていたら、いつの間にか私にあだ名がついていた。
陛下の愛妾。
うっそー!!? ちょっと待ってよって感じだ。
私達は健全にマッサージをする側、される側だというのになんだそれは!? と思ったが、少し考えてみればいい年した男女が一定の時間部屋にこもるのだ。そりゃあ誤解されても仕方がない。
おまけに、陛下が気を使ってあれやこれやしてくれるんだから、誤解が更に誤解を生むってもんだ。その誤解は当然、見合い相手にも影響を及ぼした。
彼らは、私を陛下のお古だと考えたのだ。
野心家である男性はこれを出世のチャンスだと思ったし、いささか潔癖のきらいがある男性は汚物でも見るかのような目をしたし、正義感のある男性は自分が悪漢に手ごめにされたヒロインを救うヒーローにでもなったかのように錯覚した。
「……とにかく陛下のせいではありません。私が我がままなんです」
これは本当。彼らの誤解がなくたって、たぶん私は決められなかっただろう。
「なんというか、私って一人でも大丈夫な人間なんですよね」
陛下を安心させるように私は微笑む。
「だからか、今まで恋愛しててもなんというか、自分の気持ちに翻弄されるとかそういうのがなくって。夢中になれないっていうか。そのくせ、結婚するなら最後に熱い恋ができる相手がいいとか思っちゃったりして。いい年して馬鹿みたい。こんなんだから、あちらでも結婚できなかったんでしょうけど」
自嘲気味に言う私をとても穏やかな表情で陛下は聞いている。
ああ、いいな。
この人が治める国で生きていけるならそれはそれでいいかもしれない。
「……馬鹿みたいとは思わんけどな」
奥行きがあってあたたかみのある声音に励まされる。
私は陛下を尊敬していた。素直に気持ちを吐露できるほど、心を許していた。
マッサージをするようになってからかもしれない。
「私は余計なことをしてしまったんだろうか」
最初こそ気まずかったけど、マッサージをしながら陛下と私は色々な話をした。
その中で、陛下が本当にこの国とそこに生きる民を大切に思っていることを知った時、私は人知れず感動したものだったし、時には二人とも何も話さないこともあった。ただ、その沈黙が私はすごく心地よかったのだ。
「私としては、本当の家に帰れなくなってしまったミーコにこちらで新しく帰る家ができたらと思ったんだ」
「わかってます。陛下のお気持ちは本当にありがたくて感謝しているんです」
それに、陛下は本当に素敵な背中をしている。
うむ、本当セクシーですよ。マジ涎もの。
機能的でアスリートのような筋肉がついたしなやかな身体を揉めて、尚且つ三食ただ飯が食べれるんだから中々のもんだ。陛下に勧められるまま婚活して、よくわかんない相手と過ごすよりも、今の生活を続けるほうがいいかもしれない。
「……伝説の聖剣か。馬鹿だな、私は」
手を頭にやってくしゃりとかきながら、陛下は長い睫毛をふせる。
「臣下どもに勧められるがままに、私はなんて事をしてしまったのか」
形のいい唇が歪むのを見て、私はむしろ陛下に同情してしまう。
亡き父王の後を継ぎ、国王となった陛下。
元から評判がよく、実績もあった陛下はすぐにみんなに認められたというか、もろ手をあげて歓迎されたあげく、中にははしゃぐあまりこんな人たちもいた。
陛下の地位を更に強固にするためにも、ここは伝説の聖剣ってやつをだしちまいましょーよ!
なんでも昔、とある国王の戴冠式の際、ふらりとやってきた魔術師が別次元の扉を開いて聖剣なるものを出してお祝いにあげたんだとか。
最初こそ怪しすぎて疑ったけど、その聖剣を手にしてからあら不思議。負け戦続きだったのに、途端に勝ち戦続きに。それ以来、賭け事には勝つわ、美人の嫁さんもらうわ、愛人もいっぱいだし、金鉱山が次々見つかってどっかんどっかんだわ、うはうは続きだったらしい。
はたして、聖剣の力なのかなんなのか分からないのも混ざってるけど、この国において聖剣とは特別な意味があったのだ。
でも悲しいかな。出てきたのは私。
国中の魔術師呼んで盛大に魔法陣を組んだあげく出てきたのは、キャミソールにパンツ、缶ビール片手の風呂上がりの女だった。
私もビックリしたけど、あちらさんもビックリしてたね。
なんだよ、この痴女!? って感じだったもん。こっちとしても、なによ、このコスプレ集団!? だったけどさ。
「陛下、本当にお気になさらないでください」
本当にねー。せめて私が可愛い花の女子高生とかだったらよかったのに。
ああ、でもそれじゃあ今年三十の陛下が相手だと犯罪の香りが……。
「申し訳ないぐらいよくしてもらって、感謝してるんですよ」
そりゃあ家族とか友人に会えないのは寂しいけど、個人的には誘拐されたとか思わないし、この年になるといつまでも泣きわめくには体力がいる。こちらが権利を主張する前に、陛下があれこれ気を使ってくれる。
マッサージは予想外だったけど、陛下が喜んでくれる様子を見るのは純粋に嬉しかった。愛妾だと誤解されたのだって、むしろ私なんかでごめんなさいねって感じだ。うん、私は今の生活を中々気に入っていた。
「……ミーコ」
陛下が髪をかきあげる。
こぼれ落ちていく前髪の合間から覗く空色の瞳がやたら色気があって目線に困った。
視線を外した私は陛下の手の行先を追うのが遅れてしまった。だから、そっと頬に触れたものがあった時、驚き戸惑った。
私がマッサージのために陛下の身体に触れることがあっても、陛下から私に触れることがなかったからだ。気がつけば、いつのまに人払いしたのか室内には私達二人しかいないことに気が付き、私は更に困惑する。
「剣とは鞘と刀で一つになる」
「はあ」
陛下の意図が分からず間抜けた相槌しか出ない。
「司書官の男は断っていいのだな?」
「ああ、いいですね。大丈夫です」
「これ以上、そなたの結婚相手も探さなくても大丈夫か?」
「大丈夫です。問題ないです」
私の顔に手をかけたまま、陛下は親指の腹で頬を撫でてくる。
なんだろう。あんまり顔を近づけないでほしい。今、夜だしお風呂あがりだったから簡単にしか化粧してないのに。
「私の愛妾と誤解されたまま、まっさーじに来てくれるか?」
「え? ああっ。あ……、大丈夫です」
なんだ。陛下知っていたのか。そりゃそうだよね。
私の耳に入るぐらいだから当然陛下の耳にも入るだろう。
「でも、愛妾は嫌であろう?」
「そうですね」
確かに、愛妾は嫌だ。陛下だって嫌であろう。
婚活中の私同様に、陛下もお妃候補を探している真っ最中なのだ。あらぬ疑いがかけられたら、陛下にも未来のお嫁さんにも申し訳ない。
「私も嫌だ」
やっぱりそうか。でも、そうキッパリ言われると結構傷つくぞ。
いや、何故私が傷つく必要があるんだ?
あれっと不思議に思っていると、ふっとすぐ目前に陛下の顔があった。
ぶ、ぶつかると焦っていると、何かやわらかなものが額に当てられる。そして、私は陛下の力強い抱擁を受けていた。硬直した私を解きほぐすように、背中にまわされた陛下の両手が官能的に動く。
陛下、いつの間にマッサージの技を!?
ううん。これはマッサージとはまた違うものだった。なまめかしい指の使い方に、今度は私の口から吐息がもれる。それに気を良くしたのか、陛下の手は私の反応を探っていくようにより激しいものになってきた。
ああ、この探究熱心さ。
こういった時にもでる生真面目さが好きだけど、今は止めてほしい。いいところを敏感に探り当てられおもわず背筋がそり、胸を押しつけるような形になってしまった。
「ああ、ミーコ」
あえぐ私の額にもう一度唇を押しつけ、陛下が吐息をそっと漏らすように言う。
「……そなたが私にとっての鞘になってくれればいいのだが」
マッサージなんかするんじゃなかった。
何でこうも私のツボがわかるんだか。満面の笑みが恨めしい。
最後の抵抗とばかりに睨みつけてやるものの、熱い口づけによって体の芯までほぐされてしまう。心を鷲掴みされたように感じた。陛下の熱い体温にこちらの身体まで溶けそうだ。翻弄されるとはこういうことだろうか。
完全に身体を預けた状態の私の頭を大きな手が撫でる。
「陛下……」
まだ状況が完全に把握できなくて混乱の渦の中、私の耳元で甘くささやく声があった。
「ミーコ、これからは私が毎晩そなたにまっさーじをしてやろう」