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その五 「Intermission」


 自らの肉体と精神を、限界にまで追い込む過酷な挺身兵課程の合間にも、息抜きとでも言うべき時期は確かに存在する。体力練成と戦闘技術の基本の習得に明け暮れた前半の教程を終了し、その段階でここまで残って来られた学生の労をねぎらう目的で開かれる「慰労会」が、まさにそれである。


 教程を終えた午後の演習場では、助教や地元の国防婦人会のおばさんたちにより、すでに酒とバーベキューの用意が為されていた。即席の宴会場にぼくらを集め、冷えた缶ビールが皆の手に行き渡ったところを見計らうと、島谷助教は、日頃ぼくらに何の恨みがあるのだろうと思えるほどのあのおっかない表情を崩し、乾杯の音頭を取った。


 「学生諸君のここまでの敢闘を祝し、かんぱぁ――――い!」


 「かんぱぁ―――――い!!」


 グビグビグビグビ―――――旨い!……久しぶりでのアルコールが、ぼくの喉を流れ萎縮しきった胃壁を灼いているのを感じる。琥珀色の宇宙の中に、星々の瞬くが如くに気泡を生み出し続ける魔法の液体は、乾いた喉を伝って全身に染み渡るや、忽ちに男たちの疲労しきった肉体を魅了し、規則と荒涼とが支配する沃野を、あたかも陽春の下にあるがごとき無礼講の場へと変えてしまう。


 学生の中には飲むだけでは飽き足らず、まるでプロ野球の優勝祝賀会のように頭からビールをかぶったり、あるいは隣の仲間にぶちまけるという光景すら始まっていた。ぼくもまた例に漏れず、中沢兵長から冷えたビールを上衣の隙間から注がれ、その冷たさに悶絶する。


 「やめてくださいよぉ中沢さん……!」


 「ホラホラ遠慮するなって」


 酒が進むにつれ、ぼくも知らず、子供のような戯れの一員と化していく。口だけでは飽き足らず、あたかも全身の肌で酒を飲むような勢いだ。


 同時に、巨大な蝿取り網のようなグリルの上で奏でられる食欲中枢を刺激する脂の滾る音と胡椒の香り……牛肉の巨大な塊やら、鶏の手羽先といったバーベキューに定番のメニューに、耐久走に精根を使い果たし、その結果としての空虚が支配するぼくらの胃は期せずしてみっともない悲鳴を上げて反応し、飲んでいたビール缶を放り出しぼくらはジューシーな肉塊にむしゃぶりつく。課程参加前に比べ、著しく食事の量が増えているのに気付くのもちょうどこの頃だ。カロリー消費に栄養補給が追いつかないのを、ここ挺身兵課程では普通の部隊にいるとき以上に自覚する。これがまた、後々の野外教程で繰り広げられる壮絶なまでの地獄絵図の前触れでもあったわけだが……


 柄にもない笑い声を上げ、助教たちは言った。


 「さあ飲め、遠慮することは無いぞ」


 「食え食え、どんどん食って力を付けろ」


 傍目から見れば、久しぶりで取り戻した至福の刻。だが……


 言われるがまま飲み食いし、だいぶ酔いが回ってきたところで、ぼくらは助教から手ずからに暖かいスープの入った椀を渡された。活火山のような湯気を立てる、濁った汁物を覗き込み呆然とするぼくらを前に、島谷助教は言った。


 「これは、挺身兵課程名物の挺身鍋である。助教自らが諸君らのために精魂込めて作ってくれた特製料理であるから、存分に感謝して頂く様に……!」


 挺身鍋?……聞き慣れない言葉に、ぼくは白濁したスープの面に目を凝らすようにした。傍目から見れば美味しそうな、郷愁を誘う濃厚なとんこつスープ。だが熱気と共にそこから上がる匂いは当のとんこつスープとは似ても似つかない。鼻を突く高麗人参の強烈な香りといい、その合間合間に顔を覗かせる得体の知れない生臭さといい、椀の中の物体は、ぼくのこれまでの軍隊生活で培われた猜疑心を一層に掻き立てるのだった。


 「…………」


 ただ湯気を吹き上げる以外に、大ぶりなお椀の中で鏡の如くに湛えられ続ける静謐……じんわりと込み上げてくる不安の促すまま、ぼくは意を決し割り箸で汁を少し掻き混ぜる―――――


 「…………?」


 割り箸を通じて捉えた具材の感触。その細い何かを箸で摘み、取り上げた瞬間、眼前に飛び込んできた見覚えのあるものにぼくは我が目を疑った。


 と……鶏の足?


 松の小枝のように伸びた細い足。さらにその先端から三方向に延びた指。その先端にはご丁寧にも爪すらくっ付いていた。普通の感覚なら、どう考えても美味しく頂くものではない。再び箸で椀を掻き混ぜるうち、さらに惹起される不安。それを裏切ることなく、ぼくの割り箸は、今度は目玉と思しき球体を摘み出してしまう。


 「うわあ……」


 背後から聞こえる呻き声に振り返った先、蒼白な顔をした中沢兵長が同じく挺身鍋から摘み出したものに、ぼくはさらに驚愕させられる。牛スネ肉のようなそれは、骨に付く肉こそだいぶ煮崩れてはいたが、先端から見える獣の肉球と爪は、それがどう考えたところで食用動物のものではないことは歴然……


 さらに視線を転じた先、竹中兵長は、椀から摘み出した丸まる一匹のトカゲを、困惑遣る方ないといった風に見つめていた。木村上等兵はといえば、掻き出す具の悉くが芋虫、甲虫、条虫の虫……虫、虫ばかり。


 「レンジャー杉山、貴様には特別だ」


 と杉山二等主計は、島谷助教直々に椀にまるまる一匹煮崩れた食用蛙をよそられ、変わり果てた蛙の顔と、蒼白な顔で真正面からご対面。一座の中ではただ門田軍曹のみが箸を動かし、黙々と椀を掻き込んでいた。


 椀を手に硬直させたまま、微動だにしないぼくらを前に、島谷助教は言った。


 「何だ貴様ら、俺の精魂篭めた特製スープが飲めんのか?」


 「…………」


 「そうか……貴様らは、貴様らに対する教官の思いやりを無下にするんだな?」


 一人の学生に、島谷助教は詰め寄った。


 「……貴様、食わんのか?」


 「そ、それは……」


 「何だ、豚の目玉と金玉のスープは嫌いか?」


 「…………」


 「……飲めねえのなら原隊送還だな」


 静かな口調の裏に篭められた気迫に、怯えきった学生は目を瞑り口元で一気に椀を傾けた。それが合図であるかのように、学生達は苦渋の表情をそのままにスープに口を近づけるのだった。挺身兵課程の通過儀礼の一つとでもいうべき「挺身鍋」、助教たちが学生に対する思いやり(悪意?)の赴くまま山野を駆け巡り、そして掻き集めた人智を超えたその材料は、その内のどれを注がれたところで、注がれた側が地獄を見ることは確実だ。


 「神様……!」


 天国行きの切符予約を、天に確認するかのように内心で祈り、ぼくは未だ熱気と共に危険な匂いを放ち続けるスープを啜った。


 「う゛……!」


 直後、口内に充満する殺人的な悪臭!……このまま戻しては洒落にならないので、ぼくはともすれば戻し掛けるスープを、必死で喉奥に流し込む。そこに追い討ちをかけるように、汁だけ、それもほんの形ばかりに飲むだけと言うぼくの目論見は、それが浮かんだ直後にぼくと同じことを考えたであろう学生の粗相を見咎めた助教の言葉により、即座に打ち砕かれる。


 「コラ、誰が具を残していいと言った? 最後の一滴まで存分に味わえ」


 全部食うのかよ!……吐き気と共に込み上げてくる絶望の駆り立てるがまま、自分の挺身鍋に目を落としたのはぼくだけではなかったはずだ。




 挺身鍋という「アクシデント」こそあったものの、この日は大体が賑やかな酒盛りに終始した。


 「オウ貴様、許すから嫌いな助教の名を言ってみろ!」


 宴もたけなわ、だいぶ酒の回った助教授が、(さかな)のヤモリの串焼きを手に、はた迷惑なオダを上げる。宴が進めば、ご馳走の内容もごく人並みな献立から何時の間にかウサギの活造りとか、野鼠の丸焼きとか、蛇の串焼き等々ゲテモノ度がグレードアップしている。献立のあまりの変わりように引き気味のぼくらを前に、助教たちはこれをゴチソウと断言してしまうのだから、この点だけでも挺身兵課程が肉体練成のみならず人格形成の面においてもいかに常人離れしているかが判るというものだ。


 素でもおっかないのに、酒の入った助教はそれに輪をかけておっとろしい。そして不幸なことに、そんな助教に絡まれた学生は反抗など許されようはずもなく、出すべき言葉を失い口篭もるしかない。


 「な……名前でありますか?」


 「おうよ……!」


 「そ、それは……」


 「テメエ、俺の質問に答えられないってのか?」


 質問に答えても、答えなくとも、待っているのは地獄……あたかも入営仕立ての頃に繰り広げられた「なつかしい」光景が、ここでは繰り広げられている。


 同じく酒の回った助教が、上機嫌に紅潮した顔もそのままに声を上げた。


 「誰か、歌を歌える者はおらんか?」


 「…………」


 「歌を歌わんのなら、貴様らここで全員脱落にするぞ」


 すかさず、挙手をしたのは木村上等兵だった。


 「木村上等兵っ!……『敵は幾万』を歌いまぁーす!」


 「おーやれやれ!」


 「てーきはいくまんありとてもー……すぅーべて烏合の勢なるぞぉ―――――」


 助教と学生たちの拍手と歓声、それに導かれるように出た、朴訥とした外見からは想像できないくらいの美声が演習場に響き渡る……


 「烏合の勢にあらずともーみかたに正しき道理ありー……」


 期せずして沸く唱和。疲れを忘れて肩を組み、ぼくらは声を振り絞る。忘れかけていた高揚感と一体感とが頭をもたげ、ぼくらは何時の間にかそれらに酔いしれ、一時の現実を忘れるのだった。軍歌を堪能して場がなごんた後、助教は今度はぼくを指差した。


 「鳴沢一等兵! 何か歌ってみろ!」


 逡巡……だが中沢兵長の笑って促すような目つきに、自らを奮い立たせるようにぼくは立ち上がった。


 「鳴沢一等兵、歌いまぁーす!」


 パチパチパチ……と、催促するような拍手を前に、一切の躊躇いが氷解していくのを感じる。何を歌おうが許されるような空気の流れ―――――その流れに乗るかのように、ぼくの口は歌を紡ぎ出す。


 「にんげぇーんなんてららーらーららららぁーらー……」


 中沢兵長が手拍子を送る。最初は彼一人のものだったそれは期せずして多人数のものとなり、そして全員の憂愁溢れる唱和となった。


 「にんげーんなんてららーらーらららぁーらー……にんげーんなんてららーらーららららぁーらぁー……」


 ぼくらは歌い続ける……これまで蓄積された憤懣と明日への希望を、精一杯の歌声に篭めて―――――






 ぼくのバディたる中沢兵長のことをさらに知る機会を得たのは、和やかな内に宴を打ち上げ、ぼくらが帰営してまもなくのことだった。


 「鳴沢来いよ」


 兵舎に戻ったぼくを、中沢兵長は一緒に外へ行くよう促した。兵長の後について暫く歩いた先で認めた人影に、ぼくは思わず軽く声を上げる。


 「紹介しとくよ、おれの家内と娘だ」


 微笑みかける兵長に、後ろ手に肩を抱かれたまま、ぼくにちょこんとお辞儀をするジーパン姿の女性は、兵長より頭一つ背が低く、さらにはその胸に小さな女の幼子を抱いていた。はにかみがちにこちらへ向けられる少女のような彼女の笑顔に、ぼくは知らず遠く離れた東京にいるアケミのそれを重ね合わせていた。それでも兵長の奥さんの顔立ちが、やけに目鼻立ちのはっきりとしているように見えるのは、気のせいだろうか?


 「面会に来てくれたんだ……おれは来るなと言ったのに聞かなくて」


 と、中沢兵長ははにかみ気味に言った。


 「来てくれる人がいるだけ、感謝しないと……」


 とぼくは応じる。しかし……


 「兵長は志願入隊なのでしょう……?」


 既婚者は徴兵対象にはならないことを知っていたぼくには、営外居住を許される下士官でもないのに妻子持ちである兵長が、何か不自然であるように思われたのだ。ぼくの疑念を察したのか彼は苦笑し、疑問に答えてくれた。


 「もちろん完全な同居とまでには行かないさ、今のところは休日に帰ってやれるくらいかな……」


 「…………」


 「……実を言うと、未だ籍は入れてない」


 「…………!」


 驚愕を覚えた後、兵長は自らの境涯について教えてくれた。




 ――――某地方の政令指定都市にある実業系の高等専門学校を卒業した兵長は、そのまま街でも大きな会社に就職したものの、営業に明け暮れる日々が性に合わず、そこに社内の派閥抗争に起因する同僚の裏切りに遭い、さらには長年付き合っていた恋人にも捨てられて失意のどん底に陥っていた。


 そのときに彼が出会ったのが彼女だった。全てに行き詰まり、自棄酒に覚束なくなった足で夜の街を歩いていた中沢兵長が彼女の姿をはじめて見たとき、まだ二十歳にもなっていなかった彼女は決まった住居を持たず、夜の街角に立つ暮らしを送っていた。米国人と日本人女性との間に生まれた中沢兵長の内縁の奥さんは、生まれる前に父親、そして生まれた直後に母親に捨てられ、その後をずっと養護施設で、長じて感化院で周囲の偏見と悪意に晒されながらこの日までを生きてきたのだった。


 人生の辛酸を嘗め続けた二人が偶然に導かれるままに出会い、そして互いに対し相通ずる感情を覚えたのはごく自然のことであったかもしれない。その後兵長は会社を辞め、同じく色街を出た彼女と共に各地の裏街を転々とする生活を送った。土方、ウェイター、運転手、港湾労働者……およそ考えられるあらゆる仕事を兵長は経験したし、その間二人は温泉街の旅館や、或る時はパチンコ屋に住み込みで働いたことすらあった……そして彼女が彼の子を身篭ったのを契機に安定した生活を求めて兵長は入営し、現在に至っているというわけだった。


 兵長は言った。


 「挺身章を取れば、資格取得の機会も増えるし、昇進も早くなる。給料も増えるからあいつにも楽をさせてやれる……だからおれは挺身兵になろうと思った」


 「…………」


 「……そうか、鳴沢は上官に無理やりやらされてるんだったな」


 「ええ……」


 ばつ悪く俯いてしまうぼく、兵長は笑い、ぼくの肩を叩いた。


 「……おれ、挺身章取ったらあいつと籍を入れるんだ」


 「兵長どの……」


 「だからさ……鳴沢も目標を作れよ。無事に挺身章を取ったらやりたいことを決めればいい。その方がやりがいってものが出てくるってものさ」


 ぼくは頷いた。兵長は笑ってぼくの肩を再び叩いて腰を上げ、そして話が終わるのを待っていた彼女と子供の元へと駆け寄り二、三言葉を交わすと、今度は子供を抱きかかえてぼくの元へと戻って来た。


 「……?」


 「鳴沢、すまないがこの子を少しの間だけ預かっておいてくれないか?」


 子供を受け取るぼくの手付きの危なっかしさを手ずから正すと、兵長は先程とは趣の違う、意味ありげな微笑を浮かべた。笑顔と女の子を抱かせたぼくをそのままにぼくから離れ、また駆け戻って同棲相手の肩を抱くと、今度は彼女を連れて営庭隅の林のまた奥へと消えていく……こういう時ああいう場所で、恋人たちが限られた時間をどうやって過ごすかぐらい理解できないほどぼくは素朴ではなかった。


 ……そして彼らが恋人に戻った後には、ぼくとぼくの胸に抱かれた幼女が残された。


 「はははは……」


 ぼくの胸中に抱かれ、あどけない瞳でぼくを見上げる愛くるしい女の子と目を合わせつつ、ぼくは心なしか笑った。こうした意味では中沢兵長も、いっぱしの「猛者クレ」だったようである。それがぼくには意外であり、微笑ましいものであるように思えるのだった。




 ――――その夜、中沢兵長は同棲相手と別れる間際に託されたという小袋をぼくに見せてくれた。


 「これは……?」


 「お守りだよ。鳴沢」


 小さな匂い袋を、さらに小さくしたような大きさのそれは、誰の目にもそうと判る手作りであり、中沢兵長に対する愛らしいまでの情の深さすらぼくに感じさせた。


 「何が入ってるんですか?」


 というぼくの問いに、その時中沢兵長は柄にも無く頬を赤らめるばかりで何も教えてはくれなかったが、答えはすぐに、それもぼくにとって意外な方向からもたらされた。




 翌日―――――


 「鳴沢一等兵、郵便だぞー……」


 原隊付きの庶務係古参兵が持ってきてくれた封筒を開いた瞬間、その中からぼくもまた見覚えのある形の小袋を見出すこととなった。宛先と、「前期教程修了記念」の達筆な筆書き文字以外に何も記されていない封筒、その中身を取り出したところでやはり、絹製の小袋からは送り主の素性を察することなどできなかった。作りは中沢兵長のそれよりもずっと丁寧で、本物のお守りのような上品さすら感じさせた。


 中沢兵長にそのことを告げると、彼はあのときのようにニヤリと笑い、言った。


 「鳴沢、開けてみろよ」


 言われたとおりにし、中に入っていたものを摘み出しても、ぼくはそれが何か一瞬計りかねた。ぼくの指に抱かれ、儚いまでに微風に揺らぐ濃い縮毛が数本?……困惑するぼくの傍らで、中沢兵長は苦笑する。


 「やっぱり……俺が女房から貰ったやつと一緒だ」


 「…………」


 「鳴沢、わからないか?」


 中沢兵長は彼自身、首に架けていた小袋の口を開いた。そこから彼が摘み出したのもやはり、ぼくと同じものだった。


 「鳴沢は、恋人がいるのか?」


 ぼくが頷くと、彼はぼくの肩を叩いて笑った。


 「そこまでしてくれるんだ。いい彼女を持ったんだから大事にしろよ」


 「…………?」


 それでも言葉の真意を飲み込めず、なおもきょとんとするぼくに、中沢兵長はまた苦笑する。


 「ハハハハ、鳴沢はひょっとしてチェリーボーイなのか?」


 「違いますよ」


 「じゃあ、その毛には見覚えがあるだろう?」


 言われるがまま、それをまじまじと見詰めるうち、ぼくの記憶は男子として羞恥心を以て回想される項目に行き当たり、咄嗟に頬が熱くなるのを感じた。愕然として兵長を顧みるぼくに、彼は兄のような微笑もそのままに言った。


 「お呪いだよ。恋人が無事に軍務を終えて自分のところに帰って来れるように……ってね」


 「そうか……」


 氷解する疑問の次に沸き起こるのは、顔を見ることすら叶わぬ恋人に対する止め処ない愛情……その夜、ぼくは寝台で小袋を抱きながら毛布に包まり、アケミのことを思い続けた。アケミが封筒に名前を書かなかったのは、彼女なりの羞恥心からだったのだろう。きっとそうに違いない。


 だが今のぼくにはそんなアケミが何よりもいじらしく、そしていとおしい―――――






 ―――――でもアケミって、こんな細かいもの作れるほど器用だったっけ……?





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