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その十一 「はじめてのじっせん」



 ―――――西暦1976年2月23日 


 日本時間20時12分。


 東京 運輸省 航空交通管制室。


 日本全土を中心に置いた、航空管制用巨大レーダースクリーンを前に、数名の職員が話し込んでいる。


 「おい、これ通していいのか?」


 と、一人の職員が指差したのは、三日前に亡命騒ぎが起こった東北方向を目指して日本海上空を飛行中の、ソヴィエト国籍の「旅客機」であることを示す輝点だった。もう一人の職員がその日の発着予定機の番号を連ねた分厚い書類を捲り、疑念に応じる。


 「飛行計画は提出されていますから、民間機に間違いないでしょう」


 そのとき、外線用受話器を手に一人の職員が声を上げる。


 「空軍の方から照会来てますけど、どうします?」


 「民間機だと言っておいてくれ」


 それから二十分後、山形上空に達した輝点は、急に方向を転換し、元来た針路を取り始めた。


 「…………!?」


 「おい……どうなってる?」


 それを目にした職員が、動揺の表情もそのままに指示を下す。


 「仙台空港に指示、あの機と交信を取り、真意を確かめてくれ」


 「了解」


 数分後、管制室にもたらされた北陸の航空管制を統括する仙台空港管制塔からの報告は、該当機が機体の不調によりウラジヴォストークへ向かうことを告げていた。だが……


 「ばかな……じゃあ仙台空港に降りればいいじゃないか」


 「国民感情ってやつでしょう。状況が状況ですから日本側の空港は使いたくないのかも……」


 「だが……不自然すぎる」


 疑念を抱えたまま職員が取ったのは、埼玉県入間市にある帝國空軍統合防空指揮所へ直通する受話器だった―――――




 ―――――西暦1976年2月23日 


 日本時間20時48分。


 日本海上空。帝國空軍「T」演習空域。


 F-100DJ「スーパーセイバー」戦闘爆撃機が二機、当空域上空を飛行していた。


 その目的は、夜間飛行訓練。


 二機のうち編隊長の大尉は飛行時間2000以上のベテランであり、彼に付き従う列機の少尉は、ウイングマークを取得して未だ半年足らずの、いわば「新品」パイロットだった。このときの訓練は、基地に着任して間もない彼に、迎撃任務の際必須となる夜間飛行技量証明を取得させるための、いわば検定飛行だったのである。


 帝國空軍小松基地を離陸して30分が過ぎ、訓練も折り返しに差し掛かろうとしていたそのとき、長機たる大尉のヘッドホンに通信が入ってきた。


 『―――――小松よりロメオ31へ(コマツ-タワー ロメオ31)、訓練を中止し0-2-1へ針路をとれ(アボート ドリル  0-2-1)。』


 「ロメオ31より小松へ(ロメオ31 コマツ)、用件は何か?(リクエスト・オーダー)」


 『―――――入間より直々の命令あり。栗島北方12キロ。高度23000フィートを一機、ソ連国籍の旅客機が飛行中。トラブル発生の模様。ひとっ走りして状況を確認してほしい』


 「―――――ロメオ31、了解した(ロジャー)」


 在空していたばっかりに、最も都合のいい空域にいた彼はひと仕事押し付けられたわけだが、後輩にいい実地教育の機会を得たという思いも手伝い、勇躍して機首を翻した。勿論、命令を受けてもなお、新人たるがゆえに突然の実務命令に半信半疑状態の少尉もまた、長機に続行する。


 五分後―――――誘導に従い、星空の下で当該機と接触を果たした大尉は、眼前に飛び込んできた機影に我が目を疑うこととなった。


 「あれ……?」


 疑念と共に、操縦桿の送信スウィッチを押す。


 「ロメオ31より小松へ、当該機は旅客機で間違いないか?」


 『――――運行計画にはそう明記されている。間違いはない』


 「機種は……旅客機じゃない。イリューシン76型輸送機と確認。繰り返す、旅客機ではない。当該機、現在無灯火で針路3-1-1へ飛行中」


 『――――小松了解した。三沢より二機発進させる。燃料の許す限り監視を続けろ』


 「ロメオ31、了解(ロジャー)―――――」


 果たして、空軍より報告を受けた空港警備部隊、そして東京の統合作戦本部は驚愕した。驚愕した、というより民間機を装って現場上空に侵入し、素早く引き返した輸送機の意図を探りかねたのである。


 「偵察機ではないのか?」


 と、参謀の一部は輸送機の意図をそう主張した。ソ連側はキャパシティの高い輸送機に何らかの電子測定機器を積み、こちらに亡命した新鋭機に関し、どれ程まで詳細を掴んでいるのかを知るべく、電子情報を収集にかかったのではないか?


 「一種の威力偵察である。恐るるに足らず」


 と、さらに一部の参謀は主張した。わざと非武装の輸送機を日本の領土上空まで飛行させることで、こちらの警備体制や出方を量っているに違いない……結局上層部はそう判断し、一時緊迫した空気は和らぐこととなったのである。なお、この侵入が確認された際、「警察に連絡を取るべきでは」という意見も出たが、警察に対する露骨なまでの対抗意識、あるいは縦割り意識がそれを妨げた上に、そのための連絡手段すら軍と内務省の間では未だ確立されてはいなかった。


 ……つまり、この時点に至ってもなお、彼らは想像しうる最悪の想定を考慮することができてはいなかった。


 ……そして、いきなりに変針を遂げた輸送機は、空軍機と接触した時点で、すでに彼らの為すべき「仕事」を終えていた。






 ―――――西暦1976年2月23日 


 日本時間21時04分。


 遡ること30分前―――――


 輸送機は目指す日本上空に到達するや、キャビンを減圧した。


 8000メートルという、日本側の常識を超えた高高度で輸送機は後部扉を開き、そして、これまで胚胎していた恐るべき「荷物」を下界へと解き放ったのだ。未だ後年のようなHALO(高高度低開傘)やHAHO(高高度高開傘)といった特殊な降下技術の定着していなかったこの時代、高度6000メートル以上からのパラシュート降下は人体の生理的な限界とされていたのである。


 ―――――だが、彼らはそれをやった。それも眼下の状態すら判然としない夜間に……! 


 それを挙げるだけでも彼らの降下装備の優越、さらには彼らが肉体的、そして精神的にも如何に強靭な連中であったかを誰もが理解できるはずだ。


 落下……だが下方より気流の壁に突き上げられ浮遊しているかのような状態―――――それは輸送機のキャビンを蹴った「荷物」たちの感覚で、一分ほど続いただろうか?


 そして解き放たれた「荷物」は、6000メートルという地上からは決して察知されることのない高度で落下傘を開き、落下傘はそのまま河北空港に程近い山中奥深くへと吸い込まれるようにして降着した―――――


 ―――――かくして、悪魔は解き放たれた。






 ―――――西暦1976年2月23日 


 日本時間21時28分。


 日本海上空。


 対潜空母「天城」を発艦したS-2J「トラッカー」艦上対潜哨戒機が、低空で夜の海原を駆け抜ける。それは一機のみではない。


 空母「天城」と護衛の艦艇4隻からなる対潜ハンターキラーチームの、「空母部隊」一番乗りは、彼女らが日本海に面した京都府舞鶴を提携港としていたが故の、それは役得だった。「天城」は搭載するS-2J 12機の内すでに8機を発進させて四方の海域に警戒線を張り、内一機は搭載していた対水上レーダーにより、日本海上を浮上航行中のソ連ヴィクター級原潜一隻を捕捉、未だ追尾中だった。


 海軍はこの他不測の事態に備え、関東は木更津海軍航空隊、東北は八戸海軍航空隊、北海道の千歳海軍航空隊より計12機のP-2VJ対潜哨戒機を発進させ、日本海上の警戒に当たらせている。また、横須賀に停泊していた空母「大鳳」。対潜空母「葛城」を出港させ、さらには太平洋上で演習中の空母「信濃」を至急呼び戻し日本海上へのオンステージをも企図していた。


 海中でもまた、北方沖で通例の長期哨戒任務パトロールに付いていた「天照」級弾道ミサイル原子力潜水艦の他、「海神(わだつみ)」級攻撃型原子力潜水艦数隻が展開し、これに原子力、通常動力型を含め太平洋側にあって現在日本海へ西進中のものを加えれば、かなりの数の潜水艦が日本海上に強固な警戒線を展張できるはずであった。


 ……また、展開していたのは海軍だけではない。


 この頃になると、日本各地の基地を発進し、「通例の訓練飛行」を口実に日本海上空に進出する空軍機は一層に数を増し、各型計30機近くの大台に達していた。従来要撃任務に就くべきF-104J、F-100DJの他、本来対地制圧任務を負うべく導入された新鋭のF-111Jまで任務に駆り出すほどの盛況振りである。現時点では海上、海中、そして空中共に帝國海空軍が戦力面で優位に立っており、戦力差は開くことはあっても縮まることは決してないというのが、大方の見方であったのだ。






 ―――――西暦1976年2月23日 


 日本時間21時32分。

 

 彼らは降着の後、素早く集合を果たすや、怒涛のごとき勢いで、だが静謐さを維持したまま山道を踏破し始めた。


 河北空港に通じる道路は全て警察に掌握され、検問が行われている。従って彼らは、警戒の手が及ばない山間部を行く必要があった。だが日本の山など、彼らがこれまで地形踏破の訓練を重ねてきたウラルやシベリアの山々に比べれば、さながら児童公園のようなものだ。


 任務に必要な重い装備を負いながらも、彼らの足取りは軽く、そして(はや)かった。


 幾重もの傾斜を昇り降りし、幾多もの森を抜けた先―――――彼らはそこに、彼らが目指す場所を見出す。


 空港周辺の某所――――


 「…………」


 暗闇の中で一際光を放つ宝石箱のような人工光の連なり。その周辺を慌しく行き交うライトの動き……それだけで、彼らは自らが目指す場所と目と鼻の先の場所、臨む場所を適当な高度差を以て眼下に見下ろせる地点に到達したことを悟る。それも、誰にも知られないままに……


 「……同志中佐、全員集結を完了しました」


 背後から呼び掛けられ。指揮官は眼下に連なる平地を眺めながらに言った。


 「……予定終了時刻まであと八時間。遅れは許されない」


 「……ハッ」


 彼らの到達した場所に、地上より通じる唯一の路たる傾斜の烈しい石段を、指揮官は見遣った。それと同時に、指揮官は抑制に乏しい口調で次の指示を下す。


 「ここに指揮所を設定する。五分後に行動を開始」


 「…………」


 沈黙――――――それは彼らにとって、何物にも勝る了解の証。






 それから二時間後――――


 ぼくらは命令を受け、空港周辺の警備に当たっていた。


 空港周辺……とはいっても空港の北、車なんて滅多に通らない道を、「偵察訓練」の名目の下、列の背後に指揮連絡車を従えて両端二つに別れてただ延々と歩くだけだ。敵なんて出て来そうにない曲がりくねった道を歩くうちに、次第に深まり行く闇を覚え、何時の間にか空港から大きく離れてしまっている自分たちに気付くといった按配である。


 「あ……」


 道路の左端、ぼくの前を歩いていた中沢兵長が声を上げた。その彼の眼前では、警察が開けた場所に陣取り、パトカーの赤色灯を瞬かせながら、何時来るとも知れない進入者に備え検問を構えていたのだ。だがぼくらが目を奪われたのは回転灯や警官の持つ誘導灯の眩しさだけではなかった。


 手空きの警官が啜るカップ麺から、派手に立ち上る湯気……ここに来てからというもの、クラッカー状の携帯口糧と水しか口にしていないぼくらからすれば、それは憧憬を誘う光景だった。ぼくらもあんな、暖かいものを食えればなあ……


 「――――――了解、これより本部に戻ります」


 随伴する通信兵の交信。交替の分隊が発進したことをぼくらは知る。ぼくらは任を解かれ、指揮連絡車に乗り込み元来た途を辿ることとなったのだ。元はアメリカ製のダッジWC56コマンドカーを参考に国産された指揮連絡車のキャパシティは大きく、後部には最大八名の人員を収容することができる。行きから一変し、帰路に転じた指揮連絡車は軽々と隘路を走り、ぼくらもまた、小銃を抱き、哨戒に疲れた身を自堕落に荷台に横たえる――――


 キャンバスに覆われた天井をぼんやりと見詰めながら、杉山二等主計が言った。


 「ぼくたち……この任務終わったらどうなるんでしょうね」


 「原隊復帰に決まってるだろ」と、竹中兵長が苦々しげに言う


 「それは……わからんだろう?」と、中沢兵長が言った。堪らず、島谷助教が声を上げる。


 「詰まらん話をするな。任務に専念しないか」




 そのとき―――――


 「あれ……?」


 停電?―――――眼前の飛行場付近から、一瞬の内に、ほぼ同時に失われた光が、ぼくらの注意を引いた。


 その直後――――


 爆発―――――


 「…………!?」


 その方向に目を転じるのと、その源に目を疑うのと同時。


 爆発の源は、空港の一角だった。そして……


 唐突に起こった惨劇――――


 それは決して空港だけのものではなかったのだ。






 ―――――西暦1976年2月23日 


 日本時間23時40分。


 その時間こそが、彼らが真に動き出す運命のときだった。


 河北空港を一望できる山中に形成された根拠地を発った実働部隊は大きく四つの分隊に分かれ、内二つは個々に、空港へ直通する山中の主要国道二つに敷設された検問所、他二つは別方向から飛行場の外周に到達し、時間に達するや否や行動を開始したのである。


 『撃て……!』


 宮城方面から延びる山中の国道。指揮官の無言の指示一下、射手は山中斜面の繁みより肩に担いでいた円筒形の筒の引き鉄を引く。かの悪名高いRPG-7(携帯対戦車ロケット砲)が、道端に巨体を横たえる宮城県警機動隊の装甲輸送車に向かい、破壊の火矢を放った瞬間だった。


 「…………!?」


 襲撃された警官隊にとって、奇襲は突風のように訪れ、直後に狭隘な国道を荒れ狂った。薄い装甲板を貫通したロケット弾は車内で爆発し、同時に吹き荒れた炎と衝撃波は車内外を問わず警官を十数名にわたり殺傷し、人事不肖に追い遣った。


 「…………!」


 急転を察しパトカーの無線機を取り上げた指揮官、直後に彼の心臓を何処からともなく飛来した銃弾が貫き、彼を自覚しない内に即死させた。瞬時にして断たれた外部との連絡、四方八方から襲い来る射弾は警官隊のヘルメット、ジュラルミンのシールドをいとも容易く貫通し、拳銃や催涙弾を発射するグレネードランチャー程度しか装備していない警官隊は応戦体勢を整えることもできずに、次々と姿の見えぬ襲撃者を前に斃れていくのだった。


 『――――こちら県警本部。何だこの銃声は? どうした? 何が起こった!?』


 「こちら第1検問所!……正体不明の―――――」


 と携帯無線機に言いかけた直後、再び飛来した銃弾は警官の後頭部を直撃し、瞬間的に絶命させた。この瞬間、無線機を持つ警官は全て殺され、後は落命を逃れたもののもはや応戦すら適わずに自らの流した血の海をのた打ち回るだけの者ばかりが残された。その彼らにしてからか、生者として残された時間は残り少なかった―――――




 ―――――もう一つの検問所……否、ほんの数分前まで検問所であった場所。


 …………!?


 肩と腿と肺……その全てを同時に撃ち抜かれて倒れ、戦闘能力を喪失した一人の警官は、衝撃と脱力感に苛まれながら、ほんの数分前まで自分と同僚が搭乗していたパトカーの変わり果てた姿を見遣った。ガードレールに衝突しひん曲がったボンネットより炎を吐き出す車両、フロントガラスの割れ、どす黒い血に彩られたその運転席では、全身に銃弾を浴びた彼の同僚が、ハンドルに突っ伏した姿のまますでに絶命している。絶命しているのは彼だけではなく、もし半身を上げて周囲を見渡すことができたならば、さらに多くの同僚がなす術もなく撃ち倒された末、その無残な骸を晒しているはずだった。急襲に接し本部に繋ぐべき無線機を取った検問所の指揮官など、無線のスウィッチを入れた直後に彼の眼前で一閃した銃弾に顔の半分を吹き飛ばされ、飛び散った血糊は彼の顔面に降りかかったのであった。


 「…………」


 白濁しかけた意識のままで、彼は考えた……第一検問所、そして空港は、今どうなっている? 


 そして……一体誰が、何者がこんな酷い事をしたのだ?


 彼の疑念は、肺に溜まった鮮血に彼が呼吸を奪われ、絶命しようとしていたまさにそのときに解決された。


 「…………」


 口から血を吐き出しながら、彼は自らに近付いてきた人影に目を見開いた。彼の周囲に立ち、瀕死の警官を無感動な目で覗き込む全身黒尽くめの屈強な男たち……強盗や中核派ではないことぐらい、死に掛けの男であっても一瞥してわかる。こいつらはまさに、プロの連中だ!……軍人だ。


 軍人?……再び湧き起こる疑念―――――何故、軍人がここにいるんだ? 


 そして疑念は、即座に、それも衝撃を伴って解決される。


 「ソ連軍……!」


 それが、彼の最後の言葉だった。


 「…………」


 隊員の一人が今しがた呼吸を止めた日本の警官の喉元に指を充て、そして彼の指揮官に顔を上げて首を振った。それだけで意思は通じた。指揮官は周囲を見回し、部下の仕事の成果を十分に観察した後、矢継ぎ早に新たな指示を下した―――――






 空港の沈黙――――


 ――――その真相を察した発端は、又聞きしようと何気なく開いた警察の通信回線だった。


 『――――通信塔が爆破された! 交信不能!』


 『――――こちら第三哨所、正体不明の武装勢力が襲撃中!……だめだ! 支えきれない!』


 切迫した交信は分隊無線機を打ち、ぼくらを驚愕に駆り立てていた。交信の向こう側で垣間聞く立て続けの銃声、何が起こったのか判然としないまま、ぼくらを乗せた指揮連絡車は夜の道路を走り続けた。車が何処へ向かっているのか、目指すべき飛行場は未だ突如襲来した闇に支配されたままでは、全くわからなかった。


 そのとき、揺れる車内で島谷助教が言った。


 「貴様ら……実包を装填しろ」


 「…………?」


 唖然とし、動作を凍らせたぼくらに、島谷助教は目を剥いた。


 「何をボサッとしてるんだ。これは実戦だ。訓練じゃないんだぞ!」


 それが合図だった。ぼくらは哨戒時すら篭めていなかった実包入りの弾倉を取り出し、64式小銃に装着した。全員の準備が整ったのを確認し、門田軍曹が声を上げた。


 「幌を下ろせ、伏撃に備えろ……!」


 ブルドックのような車体後部を覆っていた緑色のキャンバスを取り去り――――というより道端に放り捨てた瞬間、頭上で煌々と光を投げかける月が、ぼくらの蒼白な顔を照らし出す。


 そこに、新たな通信―――――


 『――――こちら第三哨所、指揮官が死亡! もう駄目だ。応援を―――――』


 「…………!?」


 途絶した交信の向こうで、ぼくらはおそらくは飛行場の警備ラインの一つが崩壊したことを知る。だが戦慄する暇はない、ぼくらですら、こうして飛行場への道を急いでいる合間も、突発的な奇襲の恐怖に晒されている。


 四方へ向け銃を構えながらも、皆は口々に語り合った。あたかも自分一人では圧し掛かり来る恐怖に抗えないかのように―――――


 「一体……何者なんだ?」


 「決まってる。ソ連の工作員だろ」


 「その工作員が、どうやって日本に来れたんだ?」


 「知るか……!」


 「コラ! 任務に専念せんか!」


 島谷助教の怒声の直後、指揮連絡車は唐突と思えるほどのタイミングで止まり、その眼前には濛々と焔を噴き上げる警察の特殊装甲車が、その変わり果てた姿を見せていた。空港の東側に、ぼくらは知らず到達していたのだ。機関銃の銃撃程度ではビクともしないはずの装甲車を襲った惨劇の正体を、ぼくらは量りかねた。島谷助教と竹中兵長が装甲車に歩み寄り、そして口々に言った。


 「手製爆弾じゃないな……これは」


 「間違いない……RPGの弾痕だ」


 舌打ちし、島谷助教はぼくらを顧みる。


 「貴様ら聞け……! 見ての通り、敵は過激派じゃない……プロだ。我々に対する積極的な攻撃の意図を持ったプロの兵隊だ。これより我々は飛行場内に突入する。ここから先は、最低二人一組で行動しろ。単独行動は許さん。それと移動は駆け足で、チンタラ歩いていたらすぐ狙撃兵に狙われるぞ。最後に、敵を発見したら声を上げず身振りで報せろ。物音は絶対に立てるな。貴様らも挺身兵学生ならそれくらいできるだろ? わかったか?」


 「はい……!」


 門田軍曹が言った。


 「助教、狙撃兵がいるというのなら、階級章を外したほうがよくありませんか?」


 「それも一理あるな……念のためだ。部隊章も外せ」


 その瞬間、ぼくらは軍人として命の次に大切な階級章、そして部隊章を戦闘服から取り外した。階級章を取り外すのには理由がある。狙撃兵は士官や上級下士官など、いわゆる指揮官クラスの人間を優先的に狙う。上級者を真っ先に始末することで、部隊の指揮系統を撹乱させるためだ。だから外目から見て指揮官たるを伺わせることができる階級章は、任務遂行に当たり意外な障害に為り得る。


 飛行場を囲むフェンスの一角に、ペンチのようなもので切断され人為的に切り開かれた穴、それが空港にかくの如き惨劇を引き起こし、未だに引き起こし続けている連中によって穿たれたものであることは確かだった。それを指差し島谷助教は言った。


 「よし……行くぞ!」


 先に島谷助教が潜り、次に門田、竹中のペアが続く。ぼくらは穴の傍で後背へ向け屈射の姿勢を取り、彼らの突入を援護する。


 前屈みの姿勢を保ちながら、ぼくらは滑走路の端から空港本部へと駆け出す。こじんまりとしたターミナルの各所からは黒煙が吹き上がり、さらに生じている破壊の痕たる炎が、ぼくらの進むべき方向に却って道筋を示してくれていた。


 「…………!」


 その先に……ぼくらは守るべき機影を見出した。


 滑走路の隅、星明りの下に照らされ、輪郭のみうっすらとその肢体を横たえる空の女王様のような機影……そのスタイルの良さに、ぼくは立場を忘れて息を呑む。


 だが、これよりぼくらが身命を賭して守らねばならない対象は、ぼくらがこれから銃火を交えることになるであろう敵国に属していた機体なのだ。


 「…………!」


 新たなる驚愕――――


 小銃を構え、夜に慣れた目を凝らした先――――


 バックファイヤーの足元で、裏に表に横たわる幾多の人影に、今更ながらに鼓動が高鳴るのをぼくは覚えた。


 同時に、先頭を進んでいた島谷助教が拳を上げ、分隊に停止を促した直後―――――


 乾いた、何かがはじける音―――――それが銃声であることにぼくらが漸く思い当たったのと同時に、島谷助教はドサリとその場に倒れ込んだ。指揮官としての振る舞いの代償として、彼は腹部に銃弾を受け、即座に倒されたのだ。


 「助教……!」


 駆け寄ろうとした門田軍曹を、倒れこんだ島谷助教は片腹を押さえながらに怒鳴りつけた。


 「アホ! 来るな!」


 そこに更なる銃撃。銃弾は跳弾となって軍曹の足元のアスファルトを撃ち、それでもなお門田軍曹は島谷助教の首襟を掴んで引き摺ろうとする。


 「鳴沢! 管制塔だ!」


 中沢兵長が怒鳴り、上方へ向け64式小銃をフルオートで撃った。


 ぼくも言われるがままに管制塔へ向けた銃を4発、5発とぶっ放した。


 撃つ度に肩と肘、胸にぐんと来る反動にぼくは足を踏ん張って耐えた。装薬の臭いが鼻を擽り、薬室から勢いよく飛び出す空薬莢が、地面に落ちて乾いた音を立てる。


 ぼくらが応戦し、狙撃手の注意を惹き付けている間、門田軍曹と杉山二等主計が助教を引き摺り、狙撃の及ばない牽引車の影に潜ませた。そこを見計らい、ぼくらも駆け足で文字通りに牽引車に飛び込み、息を潜めた。


 「くそっ!……管制塔まで制圧されてやがる!」


 毒付く島谷助教の防護衣を開き、さらにその下の上衣を切り開き、門田軍曹が言った。


 「よかった……傷は浅い」


 「ああ……敵はヘボだ」


 「防護服のおかげですよ」


 笑おうとして、島谷助教は失敗し顔を顰めた。本当なら7.62ミリ弾に腹部を引き裂かれ、はらわたを滑走路の上にぶちまけているところを、運良く浅い弾道で飛び込んできた被弾の衝撃を防護衣が吸収し、擦過傷程度に止めていたのだ。被弾した島谷助教は、傷口から染み出す血と同じく覚えた痛みを、今更のように持て余しているかのようであった。一方で、言葉を交し合う二人の傍らでは、杉山二等主計が蹲るようにして身体を縮め、小銃にしがみ付く様にして肩を震わせている。


 「どうします?」


 と、中沢兵長が言った。半身を上げ、頬から滴る脂汗もそのままに、島谷助教は答えた。


 「どうするもこうするも……おれたちだけで奪回するしかないだろう。空港を」


 「増援を待ったほうがいい……!」


 と言ったのは、竹中兵長だった。ぼくらの視線が集中するのを見計らうかのように、彼は続けた。


 「相手は本物の破壊工作員だ。我々がまともに組んで勝てる相手じゃない」


 「応援を待っている間に、機体を奪われるか壊されでもしたらどうするんだ?」


 島谷助教の言葉に、竹中兵長がさらに反駁しようと口をあけた瞬間―――――


 ドドドドドドドドドッ……!


 不意に襲い来る図太く喧しい射撃音に、ぼくらは会話を遮られ一斉に頭を下げた。ぼくらの潜む牽引車への弾着は正確で、ガンガンガンッ……という不快な命中音がぼくらの脳幹にまで響き渡り、追い込んでいく。突然に侵入者により、小ぢんまりとしたターミナルは今や一種の要塞と化していた。


 「くそっ……あいつらRPK(分隊支援火器)まで持ってきてやがる! 本気だ」


 と、島谷助教は唸った。


 「ターミナルまで行ければ何とかなるんですが……」


 と、門田軍曹が言った。だがこのままで牽引車から身を出せば最後、管制塔の狙撃手に為す術もなく抹殺されるのは目に見えている。そのとき……


 「あ……」


 牽引車の背後から視線を廻らせたぼくは、滑走路隅の空き地に居並ぶ重機の群れに、一瞬目を奪われた―――――


 「助教、あれは使えませんか?」


 ぼくは重機を指差し、言った。


 「あれを使うって……どうするんだ?」


 「自分に考えがあります……!」






 「三……二……いちっ! 行け行け!」


 島谷助教の声が合図だった。ぼくらは一斉に牽引車の陰を脱して重機へ駆ける。


 そのぼくらを、牽引車に残った島谷助教、竹中兵長、杉山二等主計が一斉射撃で援護する。敷地内の重機群の居並ぶ一角、散々に使い込まれ、錆付いた車体を休める大型ホイールローダーがぼくらの目指す場所だった。


 先頭きって駆けるぼくの肩には、催涙弾を詰めたグレネードランチャーが提げられている。狙撃に斃れた警官が持っていたものを竹中兵長が拾い、ぼくに託したものだ。つまりぼくらは、ターミナルの奪回と共に、管制塔上の狙撃手の排除まで求められている。


 駆け抜けるぼくらの前、後、足元を跳弾が襲う。だがその狙いは必ずしも正確ではない。走るうちに、弾幕を突破する自信が漲ってくるのは妙な感覚だ。


 長いようで短い時間の疾走――――その末にぼくと中沢兵長、門田軍曹、木村上等兵は被弾を逃れ目指す重機に辿り着いた。ホイールローダーの運転席まで上り座席に滑り込んだところで、軍曹が顔を顰めた。


 「くそっ……キーがないぞ」


 「見てろ……」


 替わるように座席に腰を下ろしたのは木村上等兵、隠し持っていたピンを、器用にキーに突き刺して弄くるや、重機は即座にディーゼルの猛々しい鼓動を奏で始めたのだった。どんな事であれ芸は身を助ける……という言葉を肌で実感した瞬間―――――ぼくらの妙な視線に顔を引き攣らせつつ、上等兵は軍曹に向き直る。


 「軍曹、頼みます……!」


 「オウ……!」


 門田軍曹が重機免許の保持者だったのは僥倖ぎょうこうと言えたのかもしれない。ぼくら三人を乗せた馬鹿でかいショベルを運転席の位置まで引き上げるや、クラッチを繋いだホイールローダーは勢い良く空き地から滑り出し滑走路に躍り出た。それを待ち構えていたように島谷助教たちも牽引車より駆け出し、ホイールローダーの背後に追求する。


 カン……カン!……と、ショベル部分に銃弾が命中する音を、ぼくらはシャベルの中に身を潜ませながらにして聞く、だが鋼鉄製のシャベルはこれらの銃弾をまるで針で突いたかのように吸収してくれている。


 もう少しで、ぼくらがターミナルの敷地へと踏み入ろうとしたとき―――――


 「…………!」


 建物の影から唐突に突き出された矢状の物体――――それが、敵の保有する最強の火器であることは明白だった。ホイールローダーが如何に頑丈とはいえ、ロケット弾には敵わない。


 「射撃を集中しろ!」


 島谷助教の怒声。ホイールローダーから躍り出た助教自身、杉山二等主計、竹中兵長が一斉に撃ち、射弾を集中されたRPGは、それをぼくらへ向け擲つ前から沈黙する。ターミナルに密着し射界を脱したホイールローダーのシャベルがぐんと上がり、ぼくらはターミナルの屋上より有利な高度でターミナルに接した。


 同時にぼくらは潜めていた半身をもたげ、前方へ向かい一気に小銃を構えた―――――


 「…………!」


 フルオートに切り替えたセレクター―――――


 フルオートの銃声―――――


 照星に入った人影を見出すのと同時に、ぼくは引き金を引いていた。


 一発で構えていた銃を放り出し、崩れ落ちるように倒れる人影。それを見届ける間も無く、引き金を引かれたまま転じられた銃身は新たな敵影を捉え、弾幕に捕らえられた影は、見えざる力に弾かれたように跳ね飛ばされ、そのまま動きを止めた。


 「…………?」


 すべては一瞬―――――気が付けば、ぼくは全弾を撃ち尽くし、銃口から白煙をだらしなく噴出すばかりの小銃を固く構えたまま、呆然と人影の消えたターミナルの屋上を見詰めていた。屋上の敵兵を掃討し終えたことに気付くのに、ぼくは数秒もかかったことになる。そのあとに何をするべきか、硬直したぼくの身体は反応しかねていたのだ。


 「行くぞ!」


 強い勢いでぼくの肩を叩き、中沢兵長はいち早くシャベルから身を乗り出した。それに鞭打たれたかのようにぼく、木村上等兵も続く。弾倉を再装着した銃を構えながら周囲を見回し、そしてぼくらは管制塔に続くドアに達した。ノブに手を掛け、力を込めようとした中沢兵長を、ぼくは制した。


 「中沢さん……?」


 「…………?」


 「先頭、自分がやりますよ」


 「え……?」


 呆然とする中沢兵長に、ぼくは笑い掛けた。


 「自分が撃たれたら、応戦……頼みます」


 「…………」


 何時の間にか、墨を流したような黒に染まった点から、真っ白い雪がぽつぽつと降り始めていた。


 風雪の漂う中でぼくらは小銃を構え直し、一列を為して管制塔へ続くドアの傍らに占位する。


 寒波と共に徐々に浸透してくる緊張に抗い、戦う機械たるべく専念するために唱える呪文―――――


 「いち……に……さん!」


 順序は変わり、ぼくは勢い良くドアを開けてその先に続く螺旋状の階段を駆け上る。駆け上った先、そのずっと上に、恐るべき狙撃手の待つ管制室が広がっている。


 ハァ……ハァ……ハァ……募る息切れ。


 見えてくる最上階―――――それに併せ、ぼくの歩調が鈍る。


 物音を立てないようにゆっくりと、ゆっくりと階段を昇る……その最上階から聞こえてくる銃声、弾を装填する物音に耳を済ませながら。


 ハァ……ハァ……ハァ……今更のように、再び高鳴る鼓動。


 そして沸き起こる疑問……こういうとき、どうすればいいんだ?


 疑念を抱きつつ、ぼくはついに最上階まであと十数段を残すのみとなった。


 ああ……取り回し難そうだな―――――構えていた銃に、今更のように抱く不満。


 でも……行かなきゃ―――――決意と同時に銃からランチャーへと装備を持ち替える。


 「……!」


 一気に階段を駆け上り、そして振り向き様に最上階へ吹き抜けた天井へ向け、ぼくは撃った。


 パスンッ!……乾いた発砲音。


 ―――――直後に起こる炸裂。


 ―――――濛々と吹き上がる煙。


 ―――――ぼくらは思わず後退りする。


 煙に占拠された上階から逃れるように、覚束ない足取りで階段に一歩を踏み締めた黒い影を、64式小銃の照星は見逃さなかった。黒い影はぼくらを認めるや、いきなり長大な銃身をぼくらに向けた――――


 「…………!」


 ぼくらはフルオートで撃った。


 狭い空間に反響する銃声。


 簾のように飛び散る薬莢。


 充満する硝煙が、ぼくらの目と鼻を灼く。


 そこに何かが叫び、倒れる激しい音が続く。


 「…………」


 ぼくらが銃を構える前で、狙撃手は斃れた。


 「鳴沢、上へ行け!」


 中沢兵長が言った。敵兵を乗り越え、血糊に足を滑らせそうになりながらも、手摺で身体を支えながら昇りきった先、未だガスの立ち込める室内を、目口を抑え、手探りで窓を開けっ広げ、ぼくはガスを逃がすようにした。ガスの濃度が薄くなり始めるや、ぼくは無線機の位置を探り当て、それが完膚なきまでに破壊されていることに愕然とする。


 「鳴沢、外部との連絡は取れたか?」


 息せき切って管制室へ駆け上ってきた中沢兵長の問いに、ぼくは何も言えないまま頭を振って応じるしかなかった。木村上等兵は敵の狙撃手が持っていた銃を持ってきていた。それは、およそぼくらの抱く銃に関するイメージからかけ離れた、斬新というか奇妙ともいえるデザインをしていた。


 「見ろよ、ドラグノフだ」


 「うわあ……」


 座学で教えられた東側の制式小銃カラシニコフAK47を前後に引き伸ばし、一切の贅肉を削ぎ落としたようなスマートな銃身に、ぼくは思わず目を奪われる。それが狙撃銃であることを主張しているのは、銃身の上に申し訳程度に付けられているスコープだけであるようにぼくには思われた。中沢兵長もまた溜息をつき、感心したような口調で言った。


 「ドラグノフなんて、実物は初めて見たぜ」


 「ああ、オレも『ゴルゴ13』でしか見たことないよ」と、木村上等兵。


 SVD―――――通称「ドラグノフ狙撃銃」を、ぼくらが初めて見た瞬間だった。




 一層に風の強さを増す夜風の行き交う外へと戻ったときには、砂漠のような静寂さに全ては包まれていた。かつては正体不明の敵手の制圧するところだったターミナルの屋上は、当の彼等の変わり果てた姿を、吹きっ晒しの空間のあちこちに横たえていた。その数は五人、何れもが漆黒の戦闘服に身を包み、顔すら黒いバラグラヴァで覆われていた。あたかも、生まれついた個性をその外装で自ら全否定しているかのように……


 ぼくは大の字になり倒れているその一人に近付き、膝を曲げる。


 そしてぼくはつい先刻に自分の成し遂げた――――成し遂げてしまった――――ことに改めて愕然とする。


 「…………」


 意を決し触れた相手の顔には、未だ温かみがあった。ぼくが放った一弾が、彼の生命を絶ったのかもしれなかった。手を触れ彼を目覚めさせることにより、それを今なら否定できるのではないかという無駄な思いに駆られ、ぼくは何度も彼の身体に触れた……だが結局は、無駄なあがきだった。


 バラグラヴァに触れていただけの手が、自然とバラグラヴァを掴み、そしてぼくは成り行きに任せるかのようにそれを暴いた。


 「…………!」


 白人だった。ブラシのように短く刈られた金髪、薄くかつ白い頬、光を失った空虚な瞳は、紛れもなく蒼かった。年齢は、ぼくよりやや年上だろうか?


 そしてぼくは……改めて意識する。


 ―――――その夜、ぼくはもう二度とそれまでの自分に戻れぬことをした。


 ―――――その夜、ぼくは間違いなく、人を殺した。


 喩えそれが、自分が生きていく上で必要なことだったとしても―――――


 「こいつ……オレより若いな」


 「それにしても、向こうのやつらはガタイも道具|(装備)もいいよ」


 ぼくの背後では、別の死体を囲み、中沢兵長と木村上等兵が淡々と話し込んでいる。確かに、敵の装備はいい。いまさらのように、ぼくは敵兵の持っていた銃に目を遣る。折り畳み式のストックと切り詰められた銃身であることを除けば、ぼくらが知るAK47と代わり映えしないように思われたが、実はそれは違った。


 ターミナルの階段を使い、門田軍曹と竹中兵長が屋上に上がって来た。その手には敵の小銃と、ホイールローダーによる突入の際、地上で倒したと思われる敵兵の所持していた装備を提げていた。彼らが何の卒なく此処まで来れたことに、ぼくらはこの場所に平穏が戻ったことを改めて自覚する。


 開口一番、門田軍曹は敵の銃を取り、言った。


 「この銃を見てみろ。AKじゃない」


 「…………?」


 外見は何処から見てもAK47であるように見えるのだが……敵の銃を手に取ったままキョトンとするぼくに、明確な答えを与えてくれたのは、竹中兵長の言葉だった。


 「ああ、AKよりは口径がずっと小さい。AKは7.6ミリだが、こいつは5.4ミリだ。装弾数もずっと多いし、取り回しもし易いだろう……こいつは未だ世界の誰も知らない最新型の突撃銃だ。手に入れただけでも大きな成果だよ」


 正式名称AKS74……当時西側諸国にはその存在を確認されていなかったソ連軍新型自動小銃の名を、ぼくらが知ったのはずっと後のことだ。


 「敵さん、やっぱりあれを破壊するつもりだったようだ」


 と、相変わらず駐機を続けるバックファイヤーを指差し、門田軍曹が言った。彼の手には何やら重そうなものが詰まった袋が提げられていた。袋の中身が吸着式の爆薬とその発火装置であることを、ぼくらは知らされる。竹中兵長はといえば、RPG対戦車ロケット弾と、死んだ身内から掠めてきたらしき警察無線機を、一辺にその背中に背負っていた。


 竹中兵長は言った。


 「やつら……やっぱり本気だな。この分だと、入って来たのは此処にいた連中だけじゃあなさそうだ」


 「助教と杉山さんは?」


 中沢兵長の問いに、竹中兵長は苦笑気味に言った。


 「傷から血が出すぎたって……下で休ませてる。杉山君はその看病だ」


 バタバタバタバタバタバタ……!


 遠方から轟いてくるローター音に、ぼくらは一斉に山際の方角へ目を凝らした。輪郭を成す山々のすぐ上に浮く光が二つ。それらは目を凝らすにつれ、識別灯に機体を飾ったヘリコプターのおぼろげな機影となって、ぼくらの前に迫ってくる


 「友軍だ……」


 「やっと来たか……」


 と、木村上等兵が声を弾ませ、竹中兵長が安堵の息を漏らした。だが……


 「…………!?」


 光の玉のようなそれは二つ、ヘリのすぐ下の森間から現れ、飛び上がった。


 最初は流星かと、それを見たぼくらは思った。


 だが地上から尾を引いて延びる流星など、この世にあるわけがない。


 そして流星は一度地上から飛び上がるや不自然に曲がりくねった軌道を描き、それぞれ宙を舞う生き物のようにヘリの機影と交差した―――――


 「…………!」


 爆発!……それも二機同時。


 直後に発火し浮力を奪われたヘリは忽ち地表に吸い込まれるようにして落ち、その先でオレンジ色の火焔を噴き上げた。


 「地対空ミサイルだ……携帯型の……」


 あまりのことに、竹中兵長すら放心したように言った。おそらくは、数十名もの兵士が、自分の身に何が起こったのか悟れぬまま、業火に焼かれ、乗機ごと大地に叩きつけられたのに違いない。そしてこの瞬間、仙台からの増援の望みは完全に絶たれたのだということを、ぼくらは今更のように悟り、戦慄した。


 その一方――――


 ぼくらが初めての実戦を生き残った今このとき―――――


 惨劇の舞台と化した空港の、そのまた郊外では、更なる惨劇が繰り広げられようとしていたのである。





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