嫁き遅れ令嬢の婚約
常識ってそれぞれですよね。
アールデイル卿はメイドに案内されて応接間に入ってくると私たちに向けて一礼した。
私の父上と母上がソファーから立ち上がって返礼する。
それから私が進み出て改めて礼をとった。
今日はお見合い。
メレデス子爵家の長女である私、アリアンと宰相府の官僚であるデビッド・アールデイル様の初顔合わせである。
デビット様は35歳、宰相閣下の覚えもめでたい優秀な方と聞いている。
まだ独身なのは、卿が地方男爵家の三男だったから。
殿方の婚期は遅い。
特に嫡男ではなく、さらに実家の後ろ盾が弱い方は騎士であれ文官であれ、自力で実績を積んで社会に立場を築かなければならない。
学園を卒業してすぐに婚姻を結ぶのは領地貴族の嫡男くらいなものだ。
なぜならその立場が世襲だから。
自分の力だけで実績を積む必要がなく、むしろなるべく早く跡継ぎを作る必要がある。
後ろ盾がない殿方は自力で稼いで自分の家を立て、妻子を養えるようになるまでどうしても十年単位で時間がかかってしまう。
当然、その間は仕事に全力で取り組まなければならず、嫁を娶って家を構えるほどの余裕はない。
これは貴族も庶民も似たようなもので、だから殿方の婚姻適齢期は遅い。
商人の方などは40歳過ぎてからの婚姻が一般的なほどだ。
それ以外は婿としてどなたか有力な家と縁付くという方法もあるが、貴族家はどこも例外なくシビアである。
いくら実家が太くても実績がない青二才を婿に迎えようという家は存在しない。
外れを引いたら家の没落や爵位喪失にまで繋がる恐れがある。
だから入り婿は婚約までは何とかなってもちょっとした失策や醜聞で容易く縁を切られる。
どうしても実力とそれに伴う実績が必要だ。
一方、貴族女性の婚姻は極端に言えば正嫡の子孫を残してその貴族家を存続させることのみが目的と言って良い。
あまり若すぎるのも拙いが、身体が完成したのなら若ければ若いほど良いとされている。
なので女性側の婚姻適齢期は十代。
十八歳でギリギリ、二十歳を超えると「嫁き遅れ」とされてしまう。
そうなってしまったらもう、年老いた殿方の後妻や妾くらいしか行き先がない。
なぜなら殿方はご自分の歳に関係なく若い奥方を望むから。
跡継ぎを作るための条件は出来るだけ整えておく。
嫁き遅れとされた女性は、それでも行く先が決まれば運の良い方だ。
大抵はお役所の事務官や侍女、あるいは家庭教師として生きていくしかない。
その技量およびコネがあればだが。
ということで私である。
メレデス子爵家の長女であり唯一の後継者ということで、婿を取って子爵家を継ぐことになっていた。
ただしこの国は女性の爵位継承を認めていないため、私の婿が子爵位を得る事になる。
その予定だった。
私が16歳でデビュタントを迎えると同時に婿入りされる予定の殿方と婚約し、しかるべく準備期間を経て父上の引退と婿殿の子爵位継承が行われるはずだった。
だが大干魃とそれに続く天災が子爵領を打ちのめし、私の婚姻どころではなくなった。
正確に言えば婿入り予定の方に辞退された。
それを責めるつもりはない。
今にも破産して爵位を失いそうな貴族家に好んで婿入りしたがる殿方はいない。
やむなく家族一丸となって駆けずり回り、何とか持ち直して子爵家存続の目処がたった頃には私は30歳の誕生日を迎えていた。
それはいい。
こんな姥桜でも婿入りすれば子爵位がついてくるとあれば求婚者はいくらでも湧いてくる。
子爵位がついてくるのならばだが。
ところが私の母上が四十路も半ばを過ぎてから思いがけず懐妊し、男児を出産してしまった。
私の弟だ。
正統な嫡子が出来てしまった。
となれば私は家を出るしかない。
どうやって。
一応、王宮侍女や家庭教師、果ては修道院まで検討や打診はしたのだ。
だが全て断られた。
私は元々メレデス子爵家当主の正室になる予定で、そういう教育しか受けてこなかった。
王政府の役人どころか宮廷の侍女や家庭教師になるための知識も経験もコネも存在しない。
いやしくも子爵家の令嬢であるので修道院に入るには多額の寄進が必要で、それは立ち直ったばかりのメレデス家には荷が重い。
八方塞がりだった。
一応は舞踏会や社交に出てみたものの、後妻や妾としての需要すらないと言われてしまった。
何せ三十路だ。
これで傾国級の美女とかであれば何とかなったかもしれないが、あいにく私は父上と母上を混ぜたようなごく普通の容姿でしかない。
いや、それは腐っても貴族令嬢であるから顔はそれなりに整っていたりはするけど。
肌は日焼けしていないから白いしシミ一つ無く、貴婦人であることには間違いはないのだが。
あまりメリハリのある身体というわけでもなく、何か特技があるわけでもない。
瞳はよくある碧だ。
ただ髪はこの国では珍しい金髪で、友人には派手だと言われているけど。
でも三十路だ。
やさぐれて過ごしていたら、何と驚いた事に嫁に貰ってもいいという奇特な殿方が現れたのである。
それがアールデイル卿で、子爵家一同が半信半疑のまま本日の見合いに臨むことになったのだが。
正直、今の今まで疑っていた。
意図が判らない。
噂を集めてみたが、アールデイル卿は本当に新進気鋭の有能な官僚だった。
地方貴族の子弟として学園を卒業し、文官試験に受かって王政府に出仕。
コネも上からの引きもないままコツコツと実績を積み上げて昇進し、三十歳で宰相府に採用された。
これは凄いことで、よほどの実力がなければ不可能だ。
普通ならこの辺りで高位貴族家に入り婿したり、あるいは政府高官の令嬢と婚姻したりして官僚としての足場を固めるものだ。
だがアールデイル卿はいくつもあった貴族家からの婚約話に興味を示さず、何の後ろ盾にもならない地方貴族のメレデス家の、しかも嫁き遅れに婚約を申し込んできた。
こちらとしてはあまりにも美味い話過ぎて引くレベルだ。
アールデイル卿は宰相閣下や王政府の重鎮の方々の評判も良く、将来を嘱望されている。
いずれ王政府で何らかの地位を得て授爵すると思われる。
どこかに女を囲っているかもしれないが、その噂がたってないということは隠し通せるだけの深慮遠謀さもある。
お歳も三十代半ば、殿方の結婚適齢期だ。
望めばどんな若く美しい令嬢だろうが娶れるはずなんだけど。
実際に会ってみると、むしろなぜこれほどの方がこれまで独身だったのか不思議なくらいだった。
貴族社会では殿方の価値は身分ではなく地位や実績で測られる。
学園で令嬢たちに読まれていた恋愛小説と違って、殿方が美しいとか美丈夫とかいう要素はあまり重視されない。
そんなものは貴族社会においてほとんど意味を持たないから。
同じように逞しい筋肉とか身分が高いとか成績上位とかいう属性も決定打ではない。
それらは本人の将来に繋がるものではないから。
身分や血筋といった要素はあくまでご家族や一族あってのもので、最終的にはご本人の実力と実績がものを言う。
アールデイル卿の外見はごく普通というか、年相応の貴族男性だった。
礼儀正しく物腰は丁寧。
社交界でも悪い評判が一切ない。
欠点が見当たらない。
今更ながらなぜこのような人が私を?
しばらく歓談した後、「それでは若い人同士で」ということで二人きりにされた。
いや「若い人」って(泣)。
つましい子爵家タウンハウスの応接間で向かい合って数秒。
アールデイル卿が言った。
「今でも信じられない。本当に結婚していただけますか?」
それはこちらが言いたい。
なので思い切って聞いてみた。
「失礼ですが、卿はなぜ私をお望みに?
これまであまたのお話があったと思うのですが」
「それはありましたが僕には夢だったんです。
アリアン嬢のような美しい御髪の妻を迎えられるなんて」
え?
それだけ?
「私の髪、ですか」
金髪は確かに珍しいかもしれないけど、この国ではどちらかというと黒髪や茶髪が好まれる。
王家や高位貴族家は大抵黒髪で黒い瞳だ。
するとアールデイル卿は恥ずかしそうに言い出した。
「前世……いや昔からの夢だったんです!
パツキンの嫁を貰うのが」
パツキンって何?
いやそれよりもっと根本的な問題について確認しなければ。
「その……改めて確認させて頂きたいのですが」
「何でも聞いて下さい」
「私、もう三十歳なんですよ?」
「知ってますよ。
まだお若いですよね?」
いやいや!
何か根本的な常識が違う気がする。
三十歳よ?
姥桜そのものでしょう!
だがアールデイル卿はむしろ不思議そうだった。
「いや、三十歳で結婚なんて当たり前でしょう?
むしろ早いくらいで」
早くないよ!
十年くらい!
「あの、でも、これからですと子供を産めるかどうかも」
「え?
高齢出産というわけでもないですよね。
30歳ならむしろ早いくらいでは」
「そんなはずは」
「失礼ながらアリアン嬢の御母上もつい最近ご出産なされたとか。
アリアン嬢は余裕でしょう」
それを言われると答えに窮するのですが。
するとアールデイル卿はにっこりと微笑んだ。
「僕としては子供はいなくても良いと思いますよ。
別に領地があるわけでもなく、跡継ぎの必要性もそれほどないので」
いやいや!
だったらなんで妻を娶るのよ!
この人はおかしい。
私に都合が良すぎるのでは。
「ということで、是非妻になって頂きたいのです。
前向きに検討をお願いします。
アリアン嬢」
ラッキー?
(HAPPY END)
アールデイル氏は前世が21世紀の日本人だったので碧い瞳でパツキンの嫁が憧れでした。
30歳はむしろ若い方だと思っています。




