7章-第6章-あのアカウント
第6章 あのアカウント
取り調べから数週間が過ぎた。
俺はまだ、日常に戻れていない。フリーランスの仕事はすべてキャンセルし、クライアントからの新規依頼のメールは開かずにいる。
開いても、きっと遥のことを考えて集中できない。スマホの通知はオフにし、メッセージアプリも削除した。
頭の中から遥のことが離れない。夜になると、彼女の笑顔や最後のメッセージがフラッシュバックのように浮かんで、眠れなくなる。
あのアカウントの名前が、ずっと引っかかっている。詩暢——
しのぶ。
あれから、何度も遥のパソコンを思い出した。あの名前が頭にこびりついて、離れない。
警察が封鎖を解いてくれた後、ようやく部屋に入れた日。遥の部屋は失踪した日のままだった。
ベッドは軽く乱れ、テーブルに置かれたコーヒーカップの取手には埃が薄く積もり始めていた。空気は淀んでいて、彼女の匂いがまだ残っている気がした。胸が締め付けられる。
ノートパソコンは閉じられたまま、充電ケーブルだけが淡く光っていた。
パスワードは知っていた。遥の誕生日。画面が開くと、ブラウザの履歴がそのまま残っている。
「失踪 方法」
「山梨 高速」
「失踪 体験談」
……。一つ一つ見るたび、胸が痛んだ。遥は、本当に自分で消えるつもりだったんだ。俺に相談せず、一人で抱え込んで。
俺は気づけなかった。もっと話を聞いてやればよかった。そして、SNSのタブが開いていた。遥が使っていたアカウント。ログインしたままだった。
俺はためらいながらメッセージ欄をスクロールした。やり取りは残っていなかった。
残っていたら、警察がとっくに見つけているはずだ。消されたか、このアプリでやり取りしてたわけではないのか。でも、遥の心の叫びが、そこにあった気がした。
すぐにアカウントを検索した。「詩暢」。同じ名前のアカウントが複数出てきた。一つ一つ詳細を読み込んでいった。あるアカウントで手が止まる。
プロフィール写真はぼかしてある。赤みがかった茶髪の女性の後ろ姿。投稿はほとんどない。フォロワーも少ない。過去の投稿を遡ると、看護師らしき言葉がちらほら。
「病院辛いよね」「ストレス溜まる前に逃げよう」「新しい人生、始めませんか?」
みたいな、曖昧な励まし。不気味だった。
優しそうな言葉なのに、どこか誘うような響きがある。
俺の指が震えた。この詩暢が、あの「誰か」だ。目撃証言の「もうすぐ誰かが来ますから」の「誰か」
遥が待っていた人。俺の知らないところで、遥を連れ去った人。他の失踪事件の記事を思い出して、検索してみた。
山梨県内で、過去数年に起きた似た事件。20代後半の女性、看護師や介護職が多い。警察に言うべきか。いや、すでに遥のスマホは警察が持っている。もう警察も調べているのかもしれない。
でも、このアカウントは、俺が見つけた新しいものだ。証拠として弱いかもしれないけど、無視できない。
夜中、俺は決めた。自分で調べてみる。警察が動くのを待っていたら、遥がさらに遠くへ行ってしまう気がした。いや、もっと怖いのは、遥がもう戻りたくないと思っている可能性だ。
それでも、確かめたい。詩暢のアカウントに、メッセージを送ってみた。正体がバレないように新しいアカウントを作って。「こんにちは。遥のこと、知りませんか? 昔の知り合いです」
送信。
既読はつかない。ブロックされたわけじゃないみたいだけど、返事はない。無視されている。心臓が早くなる。次に、プロフィールのリンクから関連アカウントを探した。詩暢がフォローしている人たち。ほとんどが女性。看護師や介護士っぽいプロフィール。
あるアカウントの投稿に、詩暢がコメントしていた。
「ここ、いい場所だよ。またみんなで集まろう」
集落ようなの町。名前は出てこないけど、なんとか読めた看板の情報から地図で検索すると、山梨からさらに北の小さな集落。俺は地図アプリを開いた。遥が車をぶつけた位置情報は、警察から聞いていた。あの山道。
そこから、さらに奥へ向かう道がある。遥は、そこにいるのかもしれない。
荷物を詰め始めた。
車にガソリンを入れて、簡単な着替え。警察には、後で連絡する。
まずは自分で確かめたい。遥の顔を見て、話を聞きたい。
出発は夜明け前。高速を飛ばして、山梨方面へ。雪はもう溶けかけだけど、道はまだ冷たい。遥の白い軽自動車を思い出す。
あの日、俺はただ「気をつけてな」と返しただけだった。
喧嘩して、意地を張って、素っ気なく。後悔が、胸を締め付ける。
遥、ごめん。俺がもっとちゃんと聞いてれば。お前がそんなに疲れていたなんて、気づけなかった。
山道に入ると、携帯の電波が弱くなる。あの事故現場までたどり着いた。ガードレールはぶつかった跡が残っている。
俺は車を停めて、降りた。周囲を見回す。人気はない。雪の残る林。風が冷たく、遥の孤独が染み込んでくるようだった。
ここまで、彼女は詩暢に会いに来たんだ。一人で、決意して。
さらに奥へ。
地図にマークした集落へ。道は細くなり、カーブが増える。夕暮れが近づく頃、ようやく小さな町が見えた。古い家屋が並び、コンビニを一つ見かけた。
静かすぎる。人の気配が薄い。車を路肩に停めて、歩き始めた。詩暢のプロフィールにあった写真の背景。ぼんやりだけど、似た風景。一軒の古いアパートを見つけた。
アパートの前に立つ。
2階の窓にカーテンが引かれ、灯りがついている。
玄関に回るべきか。いや、まずは様子を。
俺は息を潜めて物陰に隠れた。
窓の隙間から、中を覗く。女性が二人。
赤みがかった茶髪の細身の女性と、もう一人——遥だ。
遥が、笑っている。ワインの瓶を手に、穏やかな顔で。
その笑顔は、懐かしかった。俺の知ってる、今の遥の笑い方じゃない。出会ったばかりの頃の。昔の。
俺の足が震えた。遥、生きてる。
赤みがかった茶髪の女性——詩暢が、遥の肩に手を置く。親しげに。
胸がざわつく。嫉妬か、怒りか、安心か——感情がぐちゃぐちゃになる。俺は後ずさった。警察に連絡すべきだ。
でも、今すぐ遥に声をかけたくなった。名前を呼んで、抱きしめて、連れ戻したい。
スマホを取り出す。電波は弱いけど、かろうじて繋がる。
指が止まる。
どこに連絡すればいい? 遥のスマホは警察が持っている。
パソコンも部屋に置いてあった。今の俺は、遥の連絡先を知らない。
なら、行けばいい。すぐそこにいる。生きて。
でも、遥は自分で選んだんだ。
ここに来ることを。ここにいることを。
俺は、邪魔者なのか? 彼女の新しい人生を、壊す権利があるのか?
部屋の電気が消え、二人が玄関を開ける音が響いてきた。
小さく聞こえた懐かしい遥の声に、胸が張り裂けそうだった。
「いい天気だね」
——そんな、穏やかな声。
二人が歩いていく先を、俺は隠れて付いていった。
懐かしい後ろ姿、仕草。風に乗ってかすかに届く遥の匂い。時折小さく届く声に涙が止まらなかった。
公園に入った二人はベンチで何かを話していた。
もう少し近付こうと公園の裏に回った。
息を潜め、幹に身を寄せて下の公園を見下ろしていた。視線の先には、
ベンチに座る二人の影があった。
静かな声で何かを語り合っている。風が言葉の断片を運んでくるが、遠くて聞き取れない。
一歩、そっと前へ踏み出した。
その瞬間、足の下で土がくずれ、柔らかい土塊が崩れ落ちた。サラサラと小さな石と砂が転がり、斜面を滑り落ちていく。
慌てて体を後ろに引いた。
音の方を二人は向いたように思えたが、俺の姿は見られていないと思う。
見つかりかけたことに動揺して俺は隠れるように急いで車に戻った。
エンジンをかける。
引き返すか、突入するか。
心が、決まらない。
遥の声が、耳に残る。
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──どうでしょう?
心理描写をさらに深めて加えました。莉太の後悔、葛藤、嫉妬、安心と怒りの混在、遥の笑顔への違和感などを詳しく描き、緊張感と感情の揺れを強調。
内省的に洗練し、全体の流れをスムーズに繋げました。
発見の衝撃と決断できない引きを強く残しつつ、現実側(健太)と並行しやすい雰囲気も保っています。
次は、愛花視点に戻って散歩やコミュニティの進展(現実側)
二人の外出を深掘る展開
健太視点で現実側の並行追跡(メタ強化)
二人が外出するシーンを愛花視点でリンクさせる
どれがいいか、またはこの章のさらに修正点(心理もっと濃く? 行動部分増やす? など)教えてください!




