第七十話:現実のノイズと
◇現実世界・早乙女研究所
無機質なサーバー音が響く薄暗い部屋。
カプセルから体を起こした男――『Legacy Online』の開発者、早乙女蓮吾は、気怠げに髪をかき上げながら言った。
「……いいよ、聞こう」
その言葉を受け、傍らに控えていた秘書の御影玲央は、数あるモニターの一つを指し示した。
そこに映っているのはゲーム内の映像ではない。
心拍数、脳波、精神同調率……無機質な数値の羅列が刻々と変動しているグラフだ。
「麒麟さんのバイタルデータが、異常数値を検知しました」
御影は淡々とした口調で報告する。
銀縁眼鏡の奥にある瞳は、感情を排した精密機械のようだ。
「理由は不明。ですが、記録された波形を見る限り……
『現実のカケラ』に触れた可能性がありますね」
その言葉に、蓮吾は興味なさそうに鼻を鳴らした。
「へぇ……。それで?」
「理由の解明と現状確認のため、現地(仮想世界)のエージェントに調査依頼を出しておきました」
「そうか。内容は?」
「はい。対象と『接触履歴』――
特に濃い繋がりを持つ者を重点的に監視するように、と」
御影の指がキーボードを叩き、新たなウィンドウが表示される。
そこには、先日発生したブローキンの暴走ログと、それに伴うシステム干渉の痕跡が残されていた。
「うん、それで?」
蓮吾は退屈そうに催促する。
彼にとって、箱庭の中で起きる些細なバグなど、取るに足らない事象なのだろう。
「この間のブローキン……
あの高次元NPCを無理やり暴れさせた際、貴方はセキュリティホールを強制的にこじ開け、
世界の理を色々と書き換えたでしょう?」
御影は咎めるわけでもなく、事実だけを並べる。
「その際に行った『記憶改竄』の影響を、
正しく受けているかどうかの監視ですね」
「ふーん。つまり、受けていなければ怪しいって話か」
「はい。システム上のログでは正常でも、
深層心理で抵抗している個体がいないとも限りませんから」
「報告ありがとう。君は優秀だ、引き続き頼むよ」
蓮吾は興味を失ったようにあくびを噛み殺すと、再びカプセルの方へ視線を戻しかけた。
それを引き止めるように、御影が書類のようなデータを送信してくる。
「それと、今月分の報酬の決済を頼みますよ。
私と……現地のエージェントの分もね」
「……ああ、金か」
「エージェント・ナンバー2に追加依頼を出しましたので、
そちらの上乗せ分もお願いします」
ナンバー2。
その数字を聞き、蓮吾はニヤリと口角を吊り上げた。
「分かった。……だが、報酬を出している以上、
きちんとデータを集めておくように言っておけ。
たかがNPC相手の仕事だろうがね」
彼は手元のコンソールを操作し、送られてきた請求データに承認印を押した。
「決済を承認する。各自、振り込んでおいてくれ」
「仰せのままに」
御影は深々と一礼し、口元に冷ややかな笑みを浮かべた。
「ふふふ……」
薄暗い部屋に、電子音と男たちの乾いた会話だけが吸い込まれていく。
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仮想世界(向こう)にいる者達には、知る由もない。
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