第六十九話:秘密と違和感
◇守衛団本部・副団長室
早朝の静寂に包まれた執務室。
ジャンはデスクに置かれた書類の山を処理していた。
ふと、決裁箱の一番下に、封のされていない素っ気ない封筒が混ざっているのに気づく。
差出人の名はなく、ただ『報告』とだけ記されている。
彼は周囲に誰もいないことを確認し、中身を取り出した。
入っていたのは、一枚の小さな紙片のみ。
『42』
ジャンは眉一つ動かさず、その数字を見つめた。
そしてライターを取り出すと、紙片を灰皿の上で燃やし、完全に灰になるまで見届けた。
煙と共に、その数字は闇へと葬られた。
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◇BAR『レイブン』
開店前の準備中、マスターのレックスはカウンターに置かれたコースターの違和感に気づいた。
裏返すと、そこには走り書きで数字が記されていた。
『55』
「……ふん。マメな執事だこと」
彼は短く鼻で笑うと、そのコースターをシュレッダーに放り込んだ。
サングラスの奥の瞳は、笑ってはいなかった。
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◇酒場『ミッシュウ・ラン』
搬入された野菜の木箱。
その隙間に挟まったメモを、アシュは拾い上げた。
『5』
アシュは無言でその紙を握りつぶす。
強固な拳の中で、紙片は粉々になり、文字通り塵となった。
「……始めるか」
誰に言うでもなく呟き、彼は厨房の火を入れた。
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◇訓練所・自由演習場前
朝日が昇りきり、街が動き出す時間帯。
訓練所の門をくぐる二つの影があった。
「うへぇー……。流石に疲れたなー」
アッシュは大きく伸びをして、凝り固まった肩を回した。
徹夜の特訓。その疲労はあるはずだが、彼の瞳には活力がみなぎっている。
「腹減った! カレー食ってから帰るか!」
「……君の熱に感化されて、つい付き合ってしまったが……僕らしくなかったかな。はぁ、はぁ……」
隣を歩くクロは、膝に手を突きそうなほど消耗していた。
だが、その表情は不思議と晴れやかだった。
「そうだね、ブレイクタイムだ」
二人は並んで、ホームタウン『ガレリア』の大通りへと向かった。
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◇ホームタウン『ガレリア』・路地裏付近
メインストリートはプレイヤーたちで賑わい始めていた。
そんな喧騒の中、クロの鋭い視線がふと横道に逸れた。
建物と建物の間、光の届きにくい細道。
そこに、守衛団の制服を着た数名の男たちが、コソコソと何かを探すように動いているのが見えた。
(……守衛団? なぜあんな目立たない場所で……?)
巡回にしては動きが隠微すぎる。
まるで、表沙汰にできない何かを追っているような――。
「――お前よー、ずっと考えてんだな、何か」
不意に、横から呆れたような声が降ってきた。
「え?」
クロが振り返ると、アッシュがニッと白い歯を見せて笑っていた。
「何考えてんのか知らねーけどさ! 悩みがあるなら言えよな!」
アッシュはバシッとクロの背中を叩いた。
「アダダも、クロも! 何か悩み事? 考えてる顔?
お前ら、分かりやすすぎんだよ!」
豪快で、裏表のない言葉。
クロは目を丸くし、やがて小さく吹き出した。
(……敵わないな。彼は何も気づいていないようで、誰よりも仲間のことを見ている)
その直感的な優しさが、今は何よりもありがたかった。
「ははは……。君は全く……分かったよ、ありがとう」
「おう! 悩む前にまずは飯だ飯!!」
アッシュは返事もそこそこに駆け出した。
目の前には、馴染みの看板が見えている。
「腹減ったー!!」
バン! と勢いよくドアが開け放たれる。
「でぃーちゃーーん! カレー! いつものー!!」
「もう、相変わらずの声の大きさねアッシュさん! はいはい、いつものねー!」
店内から響くディルーの明るい声。
クロはその後ろ姿を追いかけながら、自然と口元が緩むのを感じていた。
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◇ガレリア・商店街の一角
賑やかな通りで、なーちょはフレンドのプレイヤーに手を振っていた。
「んじゃーねー! また誘ってー!」
笑顔で見送り、相手の姿が見えなくなった瞬間。
彼女の表情からスッと笑みが消え、口元がへの字に曲がった。
「……ちょ、もー何でだし」
彼女は苛立ちを隠すように、自分の長い髪を指でいじった。
「クロウ忘れるなしー。マジでイミフなんですけどー……」
さっき別れたフレンドも、街ですれ違う顔見知りも。
誰に聞いても、昨日の「あの大騒動」を覚えていない。
ブローキンが暴れたことも、そこで即席チーム『クロウ』が結成されたことも。
でも、なーちょの記憶には鮮明に残っている。
あの熱気も、共闘した感覚も。
「……私だけバグってるとか? いやいや、ないし」
彼女の勘が告げている。
おかしいのは自分じゃない、周りだと。
「マスターに言っちゃう? そーしちゃう? ……うん、そーしよっ」
彼女は決意を固め、踵を返した。
目指すは裏通りのBAR『レイブン』。
あそこのマスター(レックス)なら、何か知っているかもしれない。
なーちょは足早に人混みの中へと消えていった。
――その背中を、建物の屋上から見下ろす影があることに気づかずに。
「…………」
その影――ロナは、無機質な瞳でなーちょを捕捉し続けていた。
彼女は耳元の通信機に指を添え、抑揚のない声で報告を送る。
『……対象を確認。記憶保持者の可能性あり。指示を』




