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legacy online ― 歪愛 ―   作者: ゑルマ
闇へと
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第六十六話:それぞれの帰路(2)



◇守衛団本部・回廊


 重厚な石造りの回廊に、複数の足音が軍靴の音を響かせていた。

 自らに与えられた執務室へと戻る途中、ジャンは前方から歩いてくる威圧的な集団に足を止めた。


 先頭を歩くのは、鍛え抜かれた巨躯に勲章を並べた男。

 守衛団団長、コルド。


 その背後には、いかにも手練れといった雰囲気の強者たちが付き従っている。


 ジャンは道の端に寄り、敬礼の姿勢を取った。


「おや、ジャン君。何処かへ出かけていたのかい?」


 コルドが足を止め、蛇のように目を細めてニヤリと笑った。

 その視線には、明らかな疑念の色が混じっている。


「これは、団長」


 ジャンは表情筋一つ動かさず、淀みなく答えた。


「はっ。旧友から相談があるとの連絡がありまして、少々席を外しておりました」


(嘘は言っていない。だが、組織の根幹に関わる密談をしていたなどとは、口が裂けても言えない)


「ほー……」


 コルドは感心したように、しかし目は笑わずに頷いた。


「友想いなのだな。結構なことだ」


 一瞬の沈黙。肌を刺すような重圧。


 コルドはジャンの肩をポンと叩くと、低い声で釘を刺した。


「だが、君は守衛団の副団長だ。きっちりと仕事もするのだぞ? 私の目の届かぬところでな」


 言い終わると、コルドはジャンの返事も待たずに歩き出した。


「はっ」


 ジャンはその背中に向かって深く頭を下げた。


 通り過ぎざま、コルドは前を向いたまま、背後の部下に聞こえるだけの声量で囁いた。


「……調べさせろ」


「は」


 部下が短く応じ、影のように気配を消して隊列から離れた。


 ジャンはしばらく頭を下げたまま動かなかった。


 遠ざかる足音を聞きながら、冷や汗が背中を伝うのを感じる。

 やはり、嗅ぎ回られている。


(まずいな……。あちらに勘付かれる前に、何か私的な理由――アリバイとなる証拠を作っておくとしよう)


 ジャンは顔を上げ、決意を固めて再び歩き出した。


 重厚でクラシックな扉の前で呼吸を整え、ノブに手をかける。


 ガチャリ。


「お戻りですか、副団長」


 部屋に入ると、直立不動で待機していた室長のドランが出迎えた。

 規律遵守という言葉が服を着ているような、生真面目な男だ。


「ああ。少し長話になってしまってね」


 ジャンはコートをポールハンガーに掛けながら、何気ない調子で問うた。


「頼んでおいた昼食は届いているかね? 腹が減ってしまったよ」


「はっ! 手配通り、デスクにご用意しております」


 ジャンは満足げに頷き、執務机へと向かった。


 日常という名の演技を、完璧にこなすために。


          ***


◇BAR『レイブン』への帰路


 ガレリアの路地裏。

 店の勝手口の前で、レックスは大きく息を吐き出した。


「はぁーあ、どっと疲れたぜ」


 サングラスの奥の瞳が、ふと鋭く細められる。


 脳裏に浮かぶのは、去り際のアシュの背中と、あの言葉。


『お前らはローヴァンの様になってくれるなよ』


「しかし、アシュのジジイ……あいつ、まさかな」


 自分だけが犠牲になるつもりじゃないだろうな。


 そんな不安を振り払うように、彼は首を振った。


「……よし」


 レックスは頬を軽く叩き、ドアノブに手をかけた。


 その瞬間、彼の顔から「レックス」の気配が消え、

 陽気な「マスター」の仮面が張り付く。


 カウベルの音が鳴り、彼はお店へと足を踏み入れた。


「ガゼル君ごめんねー! 1人にしちゃって!」


 カウンターの中では、若いバーテンダーのガゼルが黙々とグラスを磨いていた。


「いえ」


 ガゼルは手を止めず、短い言葉で淡々と告げた。


「……連絡、ありました」


 その言葉を聞いた瞬間。


 マスターの纏う空気が凍りついた。

 陽気な笑顔が剥がれ落ち、一瞬だけ、冷徹な「レックス」としての鋭利な殺気が漏れ出す。


「……はいよー」


 すぐに気の抜けた返事をして、マスターは奥へと歩き出した。


 カウンターを抜け、壁際の本棚の横へ。

 そこには、何の変哲もない大きな木箱が置かれている。


 彼は周囲を一度だけ確認すると、木箱の前に立った。


 コン、コン、コン。


 乾いた音が三回響く。


「レイブン」


 短く告げると、カシュンという低い駆動音と共に木箱の前面がスライドし、

 地下の闇へと続く隠し通路が口を開けた。


 彼は迷うことなく、その暗闇の中へと姿を消していった。


          ***


◇ホームタウン『ガレリア』・大通り


 クロたちとの激闘を制したゲルドのチームは、

 プレイヤーたちの惜しみない歓声と称賛を背に受けながら、悠然と歩き出した。


 熱狂の渦から少し離れたところで、ゲルドが口を開いた。


「リバルド。今日は少しだが、初動の反応リアクションが鈍く見えたぞ」


 勝利に酔う様子は微塵もない。

 彼の目はすでに次の戦いを見据え、冷徹に仲間の動きを分析していた。


 リバルドは眼鏡の位置を指で直し、冷静に頷いた。


「ふーむ……やはりバレていましたか。

 自覚はありましたが、コンマ数秒のズレ。

 帰って戦闘ログを見直し、調整しておきますよ」


「ああ、頼む。あの『死線のタクト』相手に、次は同じ隙は通じまい」


 反省会を始めようとする真面目な二人。


 その間に、ぴょんと軽い足取りでなーちょが割って入った。


「でもー? ウチら勝ったし、結果オーライ! オールオッケーっしょー♩」


 なーちょは両手を頭の後ろで組み、ケラケラと笑う。


「それに、あの子らとのバトル、超楽しかったしね!」


「お前な……結果が全てではないと言っているだろう」


 ゲルドが呆れたように溜息をつくが、なーちょは全く意に介さない。


「あ、そーだ! ウチこのあと用事あったんだったー!」


 なーちょは突然思い出したように手を打つと、くるりと踵を返した。


「んじゃ、ゲルちん、リバリバまったねー!

 ログ分析がんばってー☆」


 言うが早いか、彼女は脱兎のごとく繁華街の人混みへと消えていった。


 嵐のような去り際に、残された男二人は顔を見合わせた。


「……全く。あの落ち着きのなさは相変わらずだな」


「ええ。ですが、あの予測不能な動きが彼女の強みでもありますから」


 ゲルドとリバルドは、やれやれと同時に肩をすくめると、

 静かに居住区への道を歩き出した。


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