第六十五話:それぞれの帰路、交錯する決意
◇ガレリア裏路地
秘密会議を終え、店長――アシュは一人、自らの店『ミッシュウ・ラン』への帰路を歩いていた。
石畳を叩くブーツの音が、人気の少ない路地に乾いた音を響かせる。
ふと、彼は足を止めた。
視線の先には、賑やかな表通りへと続く光がある。その先には自分の城があり、「娘」がいて、いつもの日常がある。
「……戻るか」
ポツリと漏れた言葉は、そのまま風に溶けた。
その「戻る」が、店という日常への帰還を指すのか。
それとも、かつて自分が身を置いていた血なまぐさい『戦場』への回帰を意味するのか。
答えを出さぬまま、彼は再び歩き出した。
今はまだ、その時ではない。
***
◇ホームタウン『ガレリア』・居住エリア
一方、クロとアッシュは、アダダのホーム(個室)の前まで来ていた。
アッシュが扉を見上げながら、少し不安げに尋ねる。
「おいクロ。アダダのやつ、また明日からも来るよな?」
「……その為にも、僕らはこうして迎えに来てるんだろ?」
クロは努めて明るく返した。
「へっ、そうだな!」
アッシュはニカっと笑い、インターホンのパネルを操作した。
しかし――。
『…………』
応答はない。
呼び出し音だけが空しく響き、やがてタイムアウトを告げる電子音が鳴った。
「……出ねぇな」
アッシュが首を傾げる。
留守なのか、それとも居留守なのか。
あるいは、もうここには戻っていないのか。
クロの胸に、先程の広場で感じたような、正体不明の嫌な予感が過った。
「んー、いねーんじゃあしょうがねえ」
アッシュは切り替えが早かった。背伸びをしながら踵を返す。
「俺は訓練所に行って鍛えるとするわ。さっきの試合で、ちっと課題が見えたしな」
「……」
クロは無言で扉を見つめていた。
「おいクロ、聞いてんのか? お前もなんかさっきからおかしいぞ」
「あ、あぁ。ごめん、聞いてるよ。そうだね、訓練は大事だ」
クロは慌てて頷く。
一抹の不安を抱えながら、二人は並んで歩き出す。
アッシュは隣で、熱っぽく語り始めた。
「俺もよ、ゲルドの野郎みてーに何かもう一つ、必殺技っつーか、俺だけの技術見てーなのが欲しいよなぁ。『幻影』の名に恥じねぇようなやつ!」
「……ああ、そうだね」
クロは相槌を打つが、その言葉は右から左へと流れていく。
(アダダ、君は今どこに……)
胸のざわめきは、消えるどころか少しずつ大きくなっていた。
***
◇酒場『ミッシュウ・ラン』
そんなクロたちの心配をよそに、当のアダダは、綺麗に空になった皿を前に満足げな息を吐いていた。
店長特製ミッシュウカレー。
トッピングにはたっぷりのとろけるチーズ、そして罪悪感を消すための「気持ちばかりの野菜増量」。
対面の席では、ソフィーが天を仰いでいた。
「やってもうたわ……」
アダダの熱意に乗せられ、つい同じ「チーズ乗せ」を頼んでしまったのだ。
濃厚なコクとスパイスの誘惑に、完敗だった。
「後悔禁物です、ソフィーさん! 油断したらカロリーの波はすぐに迫ってきますよ?!」
アダダが真顔で力説する。
「カロリーの波て……なんやその言い回し。とほほ……」
ソフィーは呆れつつも、美味しかったから良しとするか、と腹をさすった。
店内は忙しくなり始めており、看板娘のディルーは他のお客さんの対応に追われている。
「でぃーちゃん、ゴールド置いておくね!! ご馳走様でしたー!」
アダダはカウンターに代金を置き、少し声を張った。
「あっ、あと……店長にもよろしくね!」
一瞬、アダダの顔に焦りのような色が浮かんだが、すぐに真剣な表情に戻る。
「あと、今忙しいよね? ……ちょっとだけ聞いて欲しいことがあって!!」
「ん?」
オーダーを通し終えたディルーが、トタトタと駆け寄ってくる。
アダダは声を潜め、ディルーにだけ聞こえるように囁いた。
「でぃーちゃんごめんね、訳はまた必ず話す。
……私、しばらくお店来れないかも」
「え?」
ディルーの目が丸くなる。
「少しね、、」
アダダは寂しげに、けれど真っ直ぐにディルーを見つめた。
その瞳には、何かを耐え忍ぶような、硬い意志が宿っていた。
ディルーは一瞬、「どうして?」と聞きそうになったが、言葉を飲み込んだ。
その表情が、時折 店長-アシュ-が見せる「覚悟を決めた男の顔」と重なったからだ。
彼女は、何も聞かずにコクリと頷いた。
「……そっか。わかった」
「カレー食べれなくなるのが辛い…自分で決めたことだけど、、」
アダダが本音を漏らし、しょぼんと肩を落とす。
それを見たディルーが、悪戯っぽく提案した。
「んー、じゃあ特別にお届けしようか?」
「え、いいの?!!」
アダダがパッと顔を上げる。
「うん、お店が忙しくない時だけではあるけど……特別サービス!」
「それでもいい! 食べたい時、メッセージします!!」
「うん、わかった!! 待ってるね」
「またね!」
アダダが手を振る。
そのやり取りを見守っていたソフィーが、去り際にディルーに顔を寄せ、そっと耳打ちした。
(大丈夫やで。この子のことは、お姉さんがしっかり見といたるから)
真面目な顔をして、バチンと綺麗なウィンクを飛ばす。
「ほな、またな! ごちそうさん!」
何も言わずに頷くディルー。
(この人が見てくれているなら……それに、メッセージもくれるって言ってたし。うん、大丈夫)
不安を払拭するように、ディルーは今日一番の笑顔を作った。
「はーい!! いってらっしゃいませ!」
ズキュン。
至近距離でのスマイル・ショット。
(うっ、またかい……!)
ソフィーは再び胸を押さえつつ、苦笑いで店を後にした。




