第六十三話:記憶の整合性と警告の羅列
熱狂の余韻が残るマッチング広場。
握手を済ませるとゲルド達は去って行った。
「まったねー♩」
なーちょはvサインを残し2人を追いかける。
ゲルドたちとの激戦に敗れはしたものの、共に戦ったガストンたちは晴れやかな顔で大きく伸びをした。
「いやー、悪いなアッシュ、クロ! 最後は負けちまったが、いい試合だったぜ!」
ガストンがアッシュの肩を叩く。
「俺たちはあんた等が来る前から潜ってたから、流石に疲れたわ。
ここいらで上がらせてもらうぜ! 腹も減ったし、飯でも食いに行くわ!」
「おう! 呼んでくれてありがとな、ガストン! 負けたまんまで終われねぇからな、次は勝つぞ!」
アッシュが拳を突き出し、ガストンと軽く打ち合わせる。
ガストンはアッシュの後ろに控えるクロに向き直ると、少し興奮した様子で頭を下げた。
「クロさんも、アッシュの付き添いで来てくれたのに、最後までありがとうございました!
いやぁ……噂の『死線のタクト』、マジで凄かったです。
指示通りに動くのがあんなに気持ちいいなんて、初めての体験でしたよ。癖になりそうです!」
「いや、とんでもない。アッシュの友人と聞いていたからね。君たちの火力が頼もしかったからこそだよ」
クロが穏やかに微笑むと、ガストンたちは「また指揮頼みますよ!」と上機嫌で手を振った。
去り際、ガストンが思い出したようにアッシュへ振り返った。
「あ、そうそうアッシュ! あの消える動き、最高にクールだったぜ!
ありゃもう、『幻影のアッシュ』だな! またよろしくな!」
「へっ! 『幻影』か……悪くねぇな!」
アッシュは満更でもない様子でニカっと笑い、彼らを見送った。
「聞いたか?! 『幻影』だってよ!ガハハ!」
自身についた『死線のタクト』の呼び名と並ぶ二つ名が付いた余韻に浸っていた。
「聞いてたよ」
クロは一言、微笑みながら返した。
ーー彼らの激闘を観戦していたプレイヤー達は称賛の声を上げながら
戦士達を見送る。
「すごかったぞー!」「また魅せてくれよなー!」
彼らにとって、この世界での生活は続き、腹も減れば眠くもなる。それが当たり前の日常なのだ。
周囲の喧騒が少し遠のく。
二人きりになったところで、クロがふぅ、と小さく息を吐いた。
「僕たちも終わろうか。まだ2戦しかしてないけど……あのゲルド達との一戦で、精神的にお腹いっぱいだよ」
クロが苦笑いを浮かべると、アッシュもガシガシと頭をかきながら同意した。
「違いねぇ。あんな化け物じみた連中とやり合った後じゃ、後の試合が霞んじまうからな」
アッシュは空を見上げ、ふと何気ない感想を口にした。
「そーいやよ。ゲルドのパーティー、昔からあんな風に連携取れてた感じだったなぁ」
「……え?」
クロの足が止まる。
「……昔から?」
ゲルド、リバルド、なーちょ。
彼らがチームを組んだのはつい最近の話だ。掲示板でも話題になっていた「新結成」のチームのはず。
なのに、なぜアッシュは「昔から」などと口にしたのか。
(アッシュの勘違いか? ……いや、待てよ)
クロの脳裏に、先ほどの戦闘の光景がフラッシュバックする。
ゲルドの動き、なーちょの撹乱からリバルドの隠密射撃
それらは「新結成」という言葉では説明がつかないほど、あまりにも息が合っていた。
まるで、ずっと前からそうであったかのような――。
(懐かしい……? なぜ僕は、彼らの動きを『懐かしい』と感じるんだ?)
思考のパズルが、奇妙な形に組み上がろうとする。
彼らがチームを組んだのは数日前。なのに、「昔から」という言葉が、僕の中で強烈なリアリティを持って響いている。
この感覚はなんだ?
(僕たちは、本当に……)
クロが眉間に皺を寄せ、思考の深淵――開けてはならない扉に手をかけようとした、その時だった。
キィィィィン――!!
脳髄を直接突き刺すような、鋭利な耳鳴りが走った。
「ぐっ……」
視界が白く明滅し、強烈な立ちくらみが襲う。
まるで、積み上げた積み木を横から叩き崩されるように、構築しかけた思考がバラバラにほどけていく。
掴みかけた何か大切なものが、指の隙間から砂のようにこぼれ落ちていく感覚。
同時に、彼のコートのポケットの中。
誰の目にも触れない暗闇で、スリープ状態のはずの端末画面が、音もなく赤黒く明滅した。
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[警告]
整合性不一致。自動復旧を実行中──権限確認待ち... ──待機
INTEGRITY CHECKSUM MISMATCH
ACTION: AUTO-ROLLBACK … [EXECUTING]
ERROR: AUTH_TOKEN [RENYA] ELEVATION_REQUIRED
エラー: 権限昇格[RENYA]が必要です
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プツン。
思考の糸が切れた。
「んあ? どうしたクロ、変な顔して」
アッシュの野太い声が、鼓膜を叩いた。
その瞬間、世界は正常に戻った。
不快な耳鳴りも、思考の靄も、アッシュの声が波のように攫っていった。
後に残ったのは、ただの疲労感だけ。
「……いや、なんでもない。少し疲れたのかな、目眩がしたよ」
クロは微笑んで答えた。
自分のポケットの中で、世界の綻びを示すログが処理されたことなど、知る由もない。
「へっ、タクト様も形無しだな!」
アッシュは笑い飛ばすと、急に真面目な顔つきになって言った。
「やっぱしよ、アダダ心配だよな。
あいつ、飯も食わずに飛び出して行ったし……様子見に行くか?」
その言葉を聞いた瞬間、クロの意識は完全に「今」へと固定された。
「……そうだね。放っておけないよ」
「たぶんマイホームに戻ってるよな? ホームに行こうぜ!」
「ああ、行こう」
二人は頷き合うと、◇ホームタウン『ガレリア』の隅――居住エリアがある『ホームタウン』の方角へと歩き出した。
クロのポケットの中で、エラーログは静かに消滅していた。
そして端末に映し出された「RENYA」これの意味とは……。
◇訓練所地下・秘密会議室
張り詰めた空気の中、ジャンが重い口を開いた。
「ティフォン、データの解析……我々が戦場で散った回数は、いつ頃わかるのだ?」
「現在進行形で進めておりますが、量が膨大ですので正確な時間までは……」
ティフォンが申し訳無さそうに眉を下げる。
だが、ジャンは首を横に振った。
「本日中に終わらせて、秘密裏に報告してくれ。私はそろそろ本部へ戻らねば怪しまれてしまう。昼食が届く前には戻らねば」
守衛団副団長という立場上、彼の行動は常に監視の目に晒されている。これ以上の長居はリスクだった。
「かしこまりました」
ティフォンは即答し、深々と頭を下げた。
膨大な過去ログの解析を「今日中」に。
それは通常であれば無理難題とも言える命令だ。しかし、執事長ティフォンと、彼が指揮する影の部下たちもまた、この世界で選りすぐりの優秀な個体なのだ。
不可能を可能にする自信を胸に、彼は静かに請け負った。
「ここいらで終わるとしよう」
この会議の長であるグロウズが、厳かに告げた。
「ジャンは『娯楽』側にも関わりがあるであろう、守衛団・副団長の地位につく男。今怪しまれるのは困る」
彼らの敵は、システムそのものとも言える「娯楽」だ。その懐深くに潜り込んでいるジャンを守るため、グロウズは密談の終わりを宣言した。
レックスが立ち上がり、サングラスをかけ直す。
その仕草一つで、彼は「悪魔の諸相」から、陽気なバーの「マスター」へと顔を変えた。
「色々と悩みの種が生まれてはしまいましたが……確かな進展です。今は『娯楽』側にも怪しまれぬ様、私たちの日常に戻りましょう」
彼はニッと笑みを浮かべ、かつての主に一礼した。
「グロウズ様……いや、教官。失礼しますね」
「ああ」
グロウズが短く応える。
最後に、店長――アシュが立ち上がった。
彼は無言のままグロウズを見据える。その鋭い視線は、「今は言えないソフィーの件、必ず教えろよ」と雄弁に語っていた。
グロウズが微かに頷くのを確認すると、アシュは背を向け、出口へと歩き出した。
そして、扉に手をかけたところで足を止め、背中越しに言葉を投げた。
「ジャン、レックス。……お前らは、ローヴァンの様になってくれるなよ」
ぶっきらぼうな物言い。
だが、そこには痛いほどの想いが込められていた。
『お前らは無事でいろ、無茶は俺がする』――そんな不器用な覚悟を残し、アシュは会議室を出て行った。
重い扉が閉まる音だけが、静寂を取り戻した部屋に響いていた。
アシュが出て行った会議室に残された古強者-たちはその言葉に残された意味を
静かに考え悟った。




