第六十一話「死のカウンターが刻む街」
地下会議室の重苦しい空気は、街長ウィッシュドルドの到着によって、さらに粘度を増していた。
「して、ドルドよ。お前も報告があるのだろう」
上座に座るグロウズが、低い声で弟を促した。
街長は、派手なスーツの襟元を正し、少し強張った表情で頷いた。
「そうでした……。あのブローキンの事なのですがね……」
ウィッシュドルドの視線が、無意識に部屋の隅や兄の顔色を伺うように泳ぐ。
この場にいるのは、かつて戦場を駆けた英雄たちだ。政治的な駆け引きで生きてきた彼にとって、ここでの発言は常に命を削るようなプレッシャーを伴う。
「街長殿」
その煮え切らない態度を見かねたジャンが、厳格な声音で割り込んだ。
「貴方は今、この場に参加している事の意味をお分かりでしょう。我々は、何を聞かされようとも進むしかないのですぞ。……腹を括られよ」
「……っ、も、申し訳ない」
慌てて額に滲んだ脂汗を、スーツと同じ柄のハンカチで拭った。
んっんー、と咳払いで喉を整え、意を決したように口を開く。
「先程も話にあがりましたでしょう。
ブローキンに関する戦場ログは、既にシステム上から抹消されており、端末システム上にあるガレリア掲示板でも、関連する投稿は全て削除されております」
「削除、ですか」
レックスがサングラスの奥で目を細める。
「ええ。私も試したのですがね……『ブローキン』の名を加えた投稿をしようとすると、反映されず、まるで最初から無かった事になりました。
つまり、今回の一般市民に対する『記憶改竄』の裏には、ブローキンの存在を隠蔽するという意図も強く働いている可能性が高いのです」
「……ああ、そこまではここにいる者は予測が付いているであろう」
グロウズが先を促すように短く告げる。
ウィッシュドルドは兄に一瞬目をやり、すぐに逸らして本題へと入った。
「ええ……ここからです。私が掴んだ既知の情報を含めて、お話しいたします」
「ブローキンの取った行動は、以下の通りです。
・味方のHPすら残存0にし、且つ敵方も1人残らず殲滅した
・短時間で大量の死を生み出した
・その大量の死により、何が起こったか」
アシュの眉がピクリと動く。
「ブローキンの異常さについての報告は、以前より受けておりました。……例のソフィーからです」
「ソフィー……あやつか」
グロウズが唸る。
「報告を聞いた私は、部下数名に命じました。マッチング場にブローキンが現れたら、徹底的に監視し、その動向を逐一報告せよと。
すると……起こったのです」
ウィッシュドルドの声が、恐怖を含んで震えた。
「『消失』です」
「!!!!!」
一同の表情が一変する。
「目視出来たのか?!」
ジャンが身を乗り出し、鋭く問いただした。
初めて知覚したあの日から誰もその瞬間を捉えることのできなかった現象を、ついに捉えたというのか。
「目視……いえ、明確な消失の瞬間を目視したわけではないのですが」
ウィッシュドルドは慎重に言葉を選んだ。
「先に倒れた者はマッチング場に戻りますね?
転送地点は、事前にマッチング装置に登録をすれば街のどこにいても転送されますが、基本となる『戦場からの出口』は同じです」
一同が頷く。それはこの世界の常識だ。
「戦場はモニターでリアルタイムに映し出されますので、誰が倒されたかは認識出来ます。
それと同時に、倒されたプレイヤーは帰還地点の出口から出てくるはずなのです。
ですが……出てこなかったとの事です」
「出てこない……」
アシュが呻くように呟く。
「そして試合が終わると、また次のマッチが始まります。
昨晩、ブローキンは連続参加登録中でして、そこから何戦にも渡り、休憩も挟まず暴れ続けたそうです」
ウィッシュドルドは一度言葉を切り、全員の顔を見渡した。
「その監視の中で、部下たちはさらに奇妙な事に気付きました。
最初の数戦では、倒されても普通に戻ってきていたプレイヤーたちが……何度かマッチングを繰り返し、再び倒されたその時、戻ってこないという事態が複数確認されたのです」
部屋に、重苦しい沈黙が落ちた。
戻ってくる者と、戻ってこない者。
その差は何だ?
運か? 時間か? 場所か?
いや、違う。
この場にいる歴戦の彼らの脳裏に、一つの恐ろしい仮説が同時に閃いた。
「「「つまり……『消失』はプレイヤーの死んだ回数により決まるのではないのかと……!!」」」
声が重なった。
「なんだと……?」
グロウズが目を見開き、玉座のような椅子のアームレストを強く握りしめた。
アシュの顔から、普段の冷静さが消え失せていた。
目を見開き、脂汗を滲ませ、かつての記憶を必死に手繰り寄せている。
(回数……死亡した、回数……?)
15年前。
ディルーの父親、ローヴァン。
彼は強かった。誰よりも強かった。
だからこそ、誰よりも多くの戦場に立ち、誰よりも多くの修羅場を潜り抜けてきた。
勝つことも多かったが、前線に立つ以上、倒れることもあった。
その積み重ねが、あの日の「限界」を迎えたのなら?
「まさか、まさか……それが『消失』の条件なのですか?!?」
レックスがサングラスを外し、露わになった素顔に驚愕の色を浮かべる。
「回数制限付きの命……。我々はずっと、そんな爆弾の上で踊らされていたというのか……」
ジャンが呆然と呟く。
ウィッシュドルドは再びハンカチで額を拭いながら、震える声で付け加えた。
「現段階では憶測の域を出ませんがね……。
ですが、ブローキンがあれほど短期間に大量のキルを行い、それに比例して消失者が激増したという事実は、この仮説を裏付ける何よりの証拠かと……」
死のカウンター。
その残酷な数字の存在が、地下会議室の空気を鉛のように重く塗り替えていた。




