第五十九話:祭りのあと、隔絶された記憶
『RESULT:LOSE』
デジタルの光が収束し、クロたちのチームはマッチング広場のロビーへと転送された。
敗北の二文字がモニターに表示されているが、不思議と彼らの表情に陰りはない。
「クロさん、すいません……俺たちがもっと上手く動ければ……」
「いやー、でも楽しかったっす! また被ったらお願いします!」
野良で参加していたチームメンバーたちが、恐縮しつつも充実した顔でクロに頭を下げる。
「あぁ、君たちのカバーのおかげで長く戦えた。ありがとう」
クロが穏やかに労うと、彼らはパァっと顔を輝かせた。
「アッシュさんも! あの動きマジでかっこよかったっす!」
「へっ! 次はもっと派手に暴れてやるから見とけよ!」
「はは、期待してます!」
即席のチームメイトたちは、ガストンやビートたちとも軽く拳を合わせ、名残惜しそうにその場を去っていった。
心地よい疲労感が漂う中、その空気を割るように、勝者たちが歩み寄ってくる。
「よぉ。俺らの勝ちだな」
ゲルドだ。
腰に手を当て、少し上から目線の、けれど憎めない不敵な笑みを浮かべている。
「あ、クロくーん。対ありっ!」
その横から、なーちょが軽い調子でウィンクを飛ばした。
一方、少し離れた場所では、リバルドがアッシュに歩み寄っていた。
「……私の天敵みたいな能力してますね、あなたは」
リバルドがやれやれと肩をすくめる。
「前回対峙した時は、そんな音を消すスキンなんて持っていなかったじゃないですか」
「へっ、見たかっ!! これが俺様の力だ! ガハハ!」
アッシュが豪快に笑う。
「でも最後、ゲルちんにボコられて転がってたじゃーん?」
なーちょが横から茶化すように割り込む。そこには嘲笑の色はなく、実力を認めた上での軽口だった。
「うっ……! うっせぇ! あれはあいつが化け物なだけだ!」
そんな賑やかなやり取りを横目に、クロは一呼吸置いてから、正面のゲルドを見据えた。
「完敗だよ。……だけど、次は負けない。対戦ありがとう」
潔く敗北を認め、真っ直ぐな視線を向ける。
ゲルドは鼻を鳴らし、さらに胸を張った。
「ふんっ、まだお前らに負けたことはねぇ。この先もそうだ」
傲岸不遜な態度。だが、その表情がふと和らぎ、戦士としての敬意が滲み出る。
「だが……お前らもなかなかだったぞ。お前らと戦るのは、楽しいと感じた」
ゲルドが太い腕を差し出す。
クロもまた、力強くその手を握り返した。
互いのパーティーのリーダー同士、実力を認め合う熱い握手。
その光景は、周囲のプレイヤーたちの目にも焼き付いていた。
***
ちょうどその頃、街に戻ってきたソフィーとアダダが、広場の入り口に立っていた。
「ほーら、祭りだったみたいやで」
ソフィーが楽しげに指差す。
マッチング広場の大型モニター前には、多くのプレイヤーが人だかりを作っていた。
画面には先ほどの『10vs10』のハイライトやリザルトが映し出されている。
「うわ、クロの戦術やべーな! あの指示出し、神かよ」
「いやいや、ゲルドの対人スキルがおかしすぎて霞んでたろ……ありえねぇよあの動き」
「どっちも化け物だな……」
興奮気味に語り合うプレイヤーたちの声。
その熱気の中心で、クロとゲルドが握手を交わしているのが見えた。
アッシュとリバルド、なーちょも笑顔で言葉を交わしている。
それは、とても美しいライバル関係の光景だった。
けれど――。
「……」
アダダの胸に、冷たい風が吹き抜ける。
(昨日は……『クロウ』として、結束を高めていたのに……)
つい昨日、あの秘密基地で誓い合ったはずだった。
消失事件という謎に立ち向かう同志として。背中を預け合う仲間として。
今の彼らは、確かに楽しそうだ。
けれど、そこには「同志」としての記憶はない。ただの「好敵手」としての関係があるだけだ。
(やっぱりクロやアッシュだけじゃない、、ゲルドさん達も、、)
私だけが覚えている。
私だけが、取り残されている。
埋めようのない違和感が、アダダの足をその場に縫い止めていた。
「アーダーダちゃん」
不意に、ソフィーの声が横から降ってきた。
「また暗い顔しとるで?」
「……」
ハッと、アダダは顔を上げた。
(そうだ……。せっかくソフィーさんが連れ出してまで、元気付けてくれようとしたんだ)
眼下の広場では、クロやゲルドたちが笑い合っている。
彼らは忘れている。
けれど、私は覚えている。
ブローキンが暴れていたあの夜の恐怖も、それに立ち向かおうとした『クロウ』の結束も。
(ソフィーさんが言ってくれた。『魂』には刻まれてるはずだって)
彼らが忘れていても、無かったことにはならない。
私が覚えていれば、それは真実としてここに在り続ける。
(今は……落ち込んでられないよね!)
アダダの頬に血の気が戻り、その瞳に本来の輝きが宿っていく。
曇っていた表情が晴れ渡り、彼女は隣の女性に向き直った。
「ソフィーさん! 何から何までありがとうございました!」
「ん?」
「すっごく救われました。ソフィーさんがいなかったら、私きっと……」
一瞬、言葉が詰まる。
もし一人だったら、この記憶の齟齬と孤独に耐えきれず、心を閉ざしていたかもしれない。
「……きっとこの状況に、押し潰されてました」
少しだけ、諦めたような暗い影がよぎる。
だが次の瞬間、彼女はその影を自らの笑顔で吹き飛ばした。
「なんだろ? ……歳の離れたお姉ちゃんみたいなっ!!」
それは、太陽のような眩しい笑顔だった。
「……!」
ソフィーは目を丸くし、そして内心で安堵の息をついた。
(色が……戻ったようやな!)
澱んでいた灰色の空気が消え、彼女らしい鮮やかな色が戻ってきている。
「ちょっ、あんたなぁ……」
ソフィーは呆れたように、けれど口元を緩めてツッコミを入れた。
「うち、まだ若いでっ!?」
「あははっ! すみません! でも、すっごく頼りになるって意味ですから!」
アダダが悪びれもせず笑う。
「まったく……ま、ええわ。『お姉さん』って響きは悪くないしな」
ソフィーはやれやれと肩をすくめ、広場の方を顎でしゃくった。
「で? どうするん? 仲間達のとこに挨拶しに行くんか?」
アダダは再び広場を見た。
そこには、まだ談笑を続けるクロたちの姿がある。
「……ううん、今はいいです」
「ええの?」
「はい。今行ったら、また私が混乱させちゃうかもしれないし……それに」
アダダは自分の胸に手を当てた。
「今は、この『覚えている』って感覚を、大事に抱えておきたいんです。私の魂が叫んでる真実を、しっかりと」
迷いのない、澄んだ声だった。
「ふふ、賢い選択やな。焦らんでも、縁があればまた絡まるわ」
ソフィーは満足げに頷くと、パンと手を叩いた。
「ほな、行こか!」
「え? どこへ?」
「決まっとるやろ? 悩み解決したらお腹減るんよ! 美味しいもん食べて、精つけな!」
「あ……ふふ、そうですね! 私もなんだかお腹空いてきました!」
アダダは満面の笑みで、拳を握りしめた。
「私、カレーが食べたいです!!!」
その勢いに、ソフィーが目を丸くする。
「またカレーかいな?! **“いつも”**食べとるんやなぁ……」
呆れたように笑うが、その目は優しい。
「まぁええわ! あのかーわいい看板娘のいるお店行こかっ!」
「はいっ!」
二人は顔を見合わせて笑い合うと、熱気の残る広場を背に、歩き出した。
風の色は、もう淀んではいなかった。




