第五話:激突。そして手にした輝き
洞窟を抜けた先に待っていたのは、山岳砦の最深部だった。
ひび割れた岩肌の隙間から、青白く光る未知の植物が顔を出している。
「……残りは、私たちを含めて三チーム。……クロ、心臓がバクバク言ってるよ」
「無理もない。でも、さっきの動きができれば大丈夫だ。自分を信じて、アダダ」
クロの静かな、けれど確かな信頼を込めた声。それが、私の震えを少しだけ鎮めてくれた。
一緒に組んでいる2人の野良プレイヤー達も、転送直後の慢心はどこへやら、今は真剣な顔で周囲を警戒している。
「おい、あそこを見ろ!」
指さした先、中央の砦の付近で、激しい火花が散っていた。
――タタタタタンッ! ドォン!
「……あ、あそこだ。最後の二チームがやり合ってる!」
私は遮蔽物から身を乗り出し、さっきの洞窟で感じた「あの感覚」をもう一度呼び起こそうとした。
店長は言っていた。「迷った一瞬が命取りになる」と。
だから、私は迷わないように必死に目を凝らした。敵の数、位置、建物の構造。なんとか攻略の糸口を見つけようと、脳をフル回転させる。
けれど……。
(……ダメだ。さっきみたいに、はっきりとは見えない……っ!)
洞窟のような狭い場所とは違い、この広大な市街地エリアでは情報が多すぎた。
「アダダ、何か見えるかい?」
クロの問いかけに、私は焦って唇を噛む。
「えっと……右のビルに一チーム、左の地下通路に一チーム! でも、どっちが先に動くかまでは……」
「……くそっ! じっとしてても始まらねぇ! 俺が行く!」
痺れを切らした野良のプレイヤーが、強引に「猛ダッシュ」で広場へ飛び出してしまった。
「あ、待って! まだ危な――」
私の静止は間に合わなかった。
――ガガガガガッ!
ビルの二階から降り注ぐ、圧倒的な弾幕。
「ぎゃああ!?」
飛び出した仲間は回避する間もなく蜂の巣にされ、光の粒子となって消えていく。
続いて援護しようとしたもう1人も、地下通路から現れた別チームの挟み撃ちに遭い、あっけなく脱落してしまった。
「……っ、まずい! クロ、一旦引こう!」
「いや、もう囲まれてる! アダダ、君だけでもあのビルへ!」
クロがブルーガンを構え、牽制射撃を開始する。けれど、敵は三人一組の完璧な連携で距離を詰めてくる。
「止まるな! 行け!」
クロの叫びに応えるように、私は全速力で駆け出した。
背後で激しい銃声が響く。振り返る余裕なんてない。
――ドォォン!
「……っ、クロ!?」
「……あ……」
彼が、光の塵になって消えていくのが視界の端に映る。
一人生き残った恐怖と焦燥。私は店長の「止まったら死ぬ」という言葉を反芻し、無我夢中で砦の外側に付くワイヤーに向けて走る。
(迷っちゃダメだ。直感に従うんだ、私!)
走力ゲージが限界を迎え、赤く点滅する。
「……あ」
ビルの窓枠に指をかけたその瞬間、ゲージが底を突いた。
体が、一瞬だけ硬直する。店長の言った通り、その「一瞬」が命取りだった。
――バシュッ、バシュッ!
階下から狙い澄まされた弾丸が、私の背中と肩を正確に射抜いた。
「……がはっ……」
私のHPゲージが真っ赤に染まり、ゼロへと滑り落ちる。
ビルの窓から見えたのは、崩れゆく夕陽。
視界が白く光り輝き、私の意識は戦場から強制的に引き剥がされた。
「……ああ、やっぱりダメだったぁ……」
ガレイドの復活エリア。私は、大の字になって地面に寝転んでいた。
結果は「三位」。
隣には、私より一足先に戻っていたクロが、悔しそうに拳を握りしめて立っていた。
「……ごめん、アダダ。僕がもっと粘れていれば……」
「ううん。クロが守ってくれたから、三位になれたんだよ。……ありがとう」
私は起き上がり、泥の付いた服を払った。
「……悔しいね。でも、なんだか次はもっとやれる気がするの。あのアドバイスの意味、負けてみてやっと少しわかった気がするから」
「……はは、私ってば本当に前向きかも」
クロが差し出してくれた手を握り、私は立ち上がった。
その時、システム音が頭の中に心地よく響いた。
『おめでとうございます。三位報酬:1ダイヤを付与します』
「……あ! ダイヤだ! 噂に聞いてた、ガチャが回せる石!」
私の掌に、青白く透き通った小さな結晶が現れる。
「一位じゃなくても、もらえるんだね……!」
「三位以内は入賞扱いだからね。さあ、行こうか。その悔しさを晴らすための『力』を手に入れに」
ホームタウン中央に鎮座する、巨大なクリスタル装置「ガチャ・パレス」。
そこには一台しかない豪華な排出機を囲むように、長い列ができていた。
「……結構並んでるね」
「一人ずつ順番に回す仕様だからね。それだけ価値があるってことだよ」
私とクロは列の最後尾に並び、ゆっくりと前へ進んでいく。
順番を待つ間、私たちの前でガチャを回すプレイヤーたちの様子が嫌でも目に入ってきた。
「……頼む、今回こそはレア以上を……!」
一人のプレイヤーがボタンを押す。だが、装置から放たれたのは地味な白い光だった。
『排出:N――アイアンピストル』
「あぁ……またこれかよ。もう三回連続だぜ……」
ガックリと肩を落として立ち去る彼。次の中堅そうなプレイヤーも、少し期待を込めて回したが……。
『排出:N2(ノーマルツー)――強化型ショートガン』
「……ちっ、よくてN2か。今日も『当たり』は入ってねぇのかよ」
誰もが渋い表情で列を抜けていく。聞こえてくるのは「またNか」「N2ですらマシな方だよ」という溜息ばかりだ。
(……やっぱり、いい武器を出すのって、すごく大変なんだ……)
私の番が近づくにつれ、緊張で指先が冷たくなっていく。
いよいよ、私の番が来た。
私は震える指先で、たった一つのダイヤを投入口へと差し込んだ。
(……お願い。次は、クロを助けられるような……もっと強い武器を……!)
私がボタンに触れた瞬間――。
装置が、今までのプレイヤーたちの時とは明らかに違う、地響きのような唸りを上げた。
「……えっ?」
最初は青、次に黄色。そこで止まるかと思った光は、さらに加速して……。
――カァァァァァンッ!
天を衝くようなサファイアブルーの眩い柱が立ち昇った。
「なっ……嘘だろ……!? おい、見ろよあの光!」
「マジかよ、HR確定演出じゃねぇか!」
列に並んでいたプレイヤーたちが、一斉にこちらを指さして騒ぎ始める。
『排出:HR――ブルーガンタイプ:コバルト・ストリーム』
手の中に現れたのは、透明感のある青いフレームに、銀の繊細なラインが走る美しい連射銃だった。
「……見てよこれ、本当に綺麗……」
ガチャ・パレスからの帰り道。私は、手に入れたばかりの『コバルト・ストリーム』を何度も何度も眺めては、ニヤニヤが止まらなかった。
ホームタウンの街灯に照らされて、銃身のサファイアブルーが宝石みたいに輝いている。
「……はは、そんなに嬉しそうにしてると、誰かに狙われちゃうよ」
クロが呆れたように笑いながらも、その表情はとても明るい。
「だって、信じられないんだもん! さっきまで初期装備のボロボロの銃で必死だったのに、こんなすごい武器が来てくれるなんて」
「……確かにね。排出率はかなり低いはずだ。しかも君に一番必要な、『走破力消費軽減』が付いたブルーガンの最高峰だ。これなら次は、もっと自由自在に動けるはずだよ」
「そっか……。これがあれば、もう足が止まらなくて済むんだね」
私は新しい武器の重みを感じながら、夕闇の迫る裏通りを、弾むような足取りで歩いた。
さっきの敗北の悔しさが、今はもう、次の戦いへの期待に変わっている。
「早くあのお店に行って、店長とでぃーちゃんに報告しなきゃ!」
「そうだね。約束のカレー、今なら世界で一番美味しく食べられそうだ」
私たちは顔を見合わせ、自然と歩くスピードを上げた。
『ミッシュウ・ラン』の扉を、勢いよく開ける。
「ただいま!」
「わっ、アダダさん! おかえりなさい! 顔色がいいね、何かいいことあった?」
ディルーがカウンター越しに身を乗り出して、満面の笑みで迎えてくれる。
「店長、聞いて! 私、三位だったよ! それでね、これ……ガチャで出たの!」
私が『コバルト・ストリーム』を誇らしげに見せると、カウンターの奥でグラスを磨いていた店長の手が、一瞬だけ止まった。
店長は私の顔と、その銃を交互に見つめ、それから短く鼻を鳴らした。
「……三位か。……悪くねぇ。いや、よくやった」
ぶっきらぼうな言い方だったけれど、その言葉には確かな熱があった。
「それにそいつ、いいスキンじゃねーか」
店長はグラスを置くと、不器用そうに私の頭に大きな手をポンと乗せた。
「だが、勘違いするなよ。武器が強くなったからといって慢心するな。その銃に恥じない動きができるかどうかは、お前さん次第だ。……分かったな?」
「……! はいっ、店長! ありがとう!」
私は嬉しくて、思いっきり頷いた。
「ねぇ、店長! 私、すっごくお腹空いちゃった。約束のカレー、食べてもいい!?」
「ふん、最初からそのつもりで仕込んでおいた。ディルー、大盛りで出してやれ」
「はーい! 店長特製ミッシュウカレー、大盛りでいくよ!」
目の前に置かれたカレーは、スパイスの香りが鼻を突き抜け、一口食べれば身体の芯からエネルギーが湧いてくるような味がした。
「……おいしい……」
私は、心からそう思った。
負けて悔しかったはずなのに、今は次の戦いが楽しみで仕方がない。
「ねぇ、クロ。次はね、この銃でみんなを驚かせちゃうんだから!」
「……ああ、期待してるよ、相棒」
「…………あ」
カレーを運ぶ手を止めて、私は一瞬だけ聞き流した言葉を頭の中で再生した。
(今……『相棒』って言ってくれた……?)
心臓が、走っている時とは違うリズムでドキリと跳ねる。
いつも冷静で、どこか一歩引いているような彼が、私のことをそう呼んでくれたことが、何よりも誇らしくて、嬉しかった。
「えへへ……。うん! 任せておいてよね!」
私は顔が赤くなるのを誤魔化すように、カレーを勢いよく口に運んだ。
酒場の賑やかな笑い声の中で、私は隣に座る最高のパートナーをそっと盗み見る。
現実世界の記憶は、もう霧の向こう側。
今の私にとっては、このカレーの温かさと、隣にいる「相棒」の存在だけが、信じられる唯一の「現実」だった。




