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legacy online ― 歪愛 ―   作者: ゑルマ
闇へと
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第五十八話:「欠落」



 「……騒がしいなぁ」

 私の隣で、ソフィーさんがカップを揺らしながら呟いた。

 その視線は、眼下に広がるガレリアの街に向けられている。


 ここからでは豆粒のようにしか見えない人々。けれど、彼女の翡翠色の瞳は、まるでその喧騒の奥にあるものを見透かすかのように細められていた。


 「騒がしい……ですか?」


 「ん。空気がな、ビリビリしとる。誰かが本気で怒ってたり、誰かが何かを企んでたり……そういう時って、風の色が変わるんよ」

 ソフィーさんは目を細めて遠くを指差すと、悪戯っぽく笑った。


 「鉄と、火薬と、あと……『嘘』の色やな」


 「嘘……」

 その言葉に、私の胸の奥がチクリと痛んだ。


 手の中のミルクティーはまだ温かい。けれど、心の底に沈殿している冷たい靄は、晴れるどころか濃くなっている気がした。


 『会社員』。

 あの時、口をついて出た言葉。


 それは単なる単語ではなく、私の過去、あるいは「本当の私」に繋がる鍵のような気がしてならない。


 「なぁ、アダダちゃん」

 不意に、ソフィーさんが私を覗き込んだ。


 「あんた、何かに怯えとるな?」


 「え……」

 図星だった。


 私は、自分が何者か分からなくなることに怯えている。

 そしてそれ以上に、大切な何かを――誰かを、忘れてしまっているのではないかという恐怖に。


 「……今日は不安になる事が多くて。どこかで何かが抜け落ちてる気がして……。自分が自分じゃないみたいで……」


 膝の上で拳を握りしめる私に、ソフィーさんはポンと手を置いた。


 「その感覚は変ちゃうよ」


 「え?」


 「人間な、忘れる生き物や。嫌なことも、大事なことも、時間が経てば薄れていく。……せやけどな」


 ソフィーさんは立ち上がり、風にはためく白装束を押さえながら、遠くを見据えた。


 「『魂』は覚えとるもんや。頭が忘れても、心が叫ぶなら、それが真実なんちゃう?」


 魂は、覚えている。

 その言葉が、私の内側で反響した。


 そうだ。皆んなの記憶からは消えているかもしれない。

 でも、私はブローキンが暴れ回っていた事そして「クロウ」として話し会議の中で出た死が「消失」関係しているんじゃないかと言う記憶も私にはある。

ブローキンが暴れた事とクロとアッシュの記憶が無くなっていることには何か関係があるはず、、!

私が下向いていたら皆んなの悲しみがどこかへ行っちゃう。


 「……そう、ですよね。私が感じてることは、嘘じゃない」


 「その意気や! 悩むより動く! お腹減ったら食べる! それが一番!」

 ソフィーさんはニカっと笑うと、飲み干したカップを掲げた。


 「さて、そろそろ戻ろか。なんか面白そうなことが起きとる予感がするしな!」


 「面白そうなこと?」


 「んー、例えば……『祭り』とか?」


 彼女が指差した先。

 そこは、街の中心にあるマッチング広場の方角だった。


 あそこから微かに聞こえる歓声が、先ほどよりも熱を帯びているように感じるのは、気のせいだろうか。


 「行きましょう、ソフィーさん」

 私は立ち上がった。


 不安が消えたわけではない。

 けれど、この頼れるお姉さんの言葉が、私の背中を少しだけ押してくれた気がした。


 風が強く吹く。

 その風に乗って、遠くから微かな火薬の匂いが漂ってきた。


ーーーーーーー



◇10vs10 戦場 


 砂塵が舞う戦場で、勝敗の行方は一瞬にして傾こうとしていた。


 「ぐ……はっ……」

 アッシュが地面に膝をつく。


 彼が見上げた先には、青白い焔を揺らめかせた悪魔のような巨躯――ゲルドが立っていた。


 「ますます強くなりやがって……。やっぱアンタは、すげぇよ」


 アッシュは悔しそうに、けれど満足げに笑うと、次の瞬間、光の粒子となって霧散した。

 最強の遊撃手、アシュの脱落。


 その光景を背に、ゲルドは声を荒げながら仲間達へ連絡を飛ばす。


 「リバルド! いつまで寝ている!さっさと動け」


 「……手荒な目覚ましですね」

 瓦礫の山からリバルドが身を起こす。


 高位のアーマースキンには、先ほど飛ばされた衝撃の凄まじさを物語るように深い傷がついている。だが、その瞳の光は死んでいない。


 「狙うは一つ、クロだ! 奴の戦術眼が追いつかぬほどの速度で、盤面ごと押し潰す!」

 

 「了解、このままなーちょの元へ合流し敵を叩きます」


 「りょーかいっ!リバリバ早く来てよねー!あーしが華麗に敵ちゃん達ビビらせてくるからさー♩」

 なーちょの軽いが明確な自信の声が入る。


 ここから、悪夢のような蹂躙が始まった。


 『ガストン、前衛維持! ビート、左翼のカバーを!』

 クロが叫ぶ。


 だが、その指示が届くよりも早く、敵の影が疾走した。


 「遅い!」

 ゲルドが正面から突っ切る。


 立ちはだかったのは巨漢のガストン。

 彼は自身のレッドガンを構え、突進してくるゲルドに向けて引き金を引こうとした。


 「させん!」

 ガストンが咆える。


 だが、発砲音は響かなかった。


 ガキンッ!!


 硬質な金属音が響く。

 ゲルドが突き出した銃剣の先端が、あろうことかガストンの構えたレッドガンの「銃口」に深々と突き刺さり、物理的に発砲を封じていたのだ。


 「なっ……!?」


 銃口を塞がれ、行き場を失ったエネルギーがガストンの手元で暴発する。


 「邪魔だッ!」


 ゲルドが銃剣を捻りながら振り抜くと、巨漢のガストンは為す術なく吹き飛ばされ、ポリゴンとなって散った。

 

「うわあああ!」

 野良のプレイヤーたちは恐怖に駆られて発砲する。

 だが、当たらない。


 合流したリバルドはその隙に地形に溶け込み敵を見据える。

 なーちょが変幻自在の空中機動で射線を惑わせ、その隙にリバルドが正確無比なヘッドショットで一人、また一人と沈めていく。

見事な連携だった。



 『マーカー点灯! 全員、光の根元を……!』

 クロは必死に**「サン・スパイア」**で敵の位置を可視化し続ける。


 黄金の光柱は、確かに敵の位置を示していた。

 だが――


 (見えているのに、当たらない……!?)

 クロの額に冷や汗が伝う。


 情報は共有できている。敵の位置も分かっている。

 しかし、ゲルドたちの動きは、その情報を処理し、照準を合わせるまでの「反応速度」を遥かに凌駕していた。


 『右……いや、上か!? くそっ、速すぎる!』

 恐怖の混じった悲鳴が上がりはじめる。

 味方の悲鳴が途絶えた時、フィールドには静寂が戻った。

 立っているのは、クロただ一人。


 「……チェックメイトだ」

 

 正面には、全身から蒼炎を纏う銃を構えたゲルド。

 右側面には、瓦礫の影から冷徹に銃口を向けるリバルド。

 左上の廃ビルには、楽しげに足をブラつかせるなーちょ。


 完全包囲。

 三方向からの視線が、クロ一人に突き刺さる。


 (まだだ……まだ手はあるはずだ……)

 クロの脳内で、超高速の演算が走る。


 『右のリバルドを先に処理し、その隙になーちょの死角へ潜り込めば、ゲルドとの一対一に持ち込める確率は――


 (いや、リバルドの迷彩看破に数秒はかかってしまう。その間にゲルドの突進が到達する確率は90%以上。ならば先に煙幕を……いや、なーちょの俯瞰視点がある限り無意味だ……)


 思考が枝分かれし、無数のシミュレーションが脳内を駆け巡る。

 最適解を探す。

 勝ち筋を探す。

 針の穴を通すような可能性を――。


 だが、その「思考」こそが、ゲルドの狙いだった。


 「考えすぎだ、クロ」

 ゲルドの低い声が聞こえた瞬間、世界がスローモーションのように感じられた。


 (あ……)


 思考にリソースを割きすぎた一瞬の硬直。

 戦術家ゆえの、致命的なタイムラグ。


 三方向からの火線が同時に交差した。

 蒼火の弾丸と、青の弾丸と、緑の閃光。


 それらがクロの身体を貫いた時、彼の視界は白く染まり、デジタルノイズへと還元されていった。


 『FINISH』


 無機質なアナウンスが響き渡り、荒野に静寂が戻る。

 圧倒的な「個」の力が、緻密な「戦術」を打ち砕いた瞬間だった。



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