第五十七話:荒野に咲く青き焔と黄金の標
『BATTLE START』
視界を覆っていたデジタルノイズが晴れると、そこは乾いた風が吹き荒れる荒涼とした砂漠のフィールドだった。
崩れかけたレンガ造りの建物が点在し、中央には巨大な時計塔の残骸が鎮座している。
「さあ、行こうか」
クロが静かにイエローガンを構える。
「おうよ!!」
アッシュが獰猛な笑みを浮かべて雄叫びを上げた。
彼らが前進を開始したその時、向かい風に乗って聞き覚えのある声が降ってきた。
「あはっ! 見ぃーっけ! うちらの相手、あんたらかーい!」
廃ビルの三階、窓枠に軽やかに腰掛けているのは、派手なギャル――なーちょだ。
そしてその地上付近の影には、沈着冷静なリバルドと、歴戦の戦士ゲルドの姿があった。
「げ、お前らかよ!」
アッシュが嫌そうな、けれどどこか嬉しそうな顔をする。
「へっ、相手にとって不足なしだぜ! 今日こそ決着つけてやるよ!」
記憶はなくとも、魂が彼らを好敵手だと認識している。
開戦の狼煙は、上空から上がった。
「いくよーん! ビーチ・ウェイブ!」
なーちょが窓枠を蹴る。
HR2:ブルーガンタイプスキン「ビーチ・ウェイブ」。
その身体は重力に逆らうようにふわりと浮き上がり、空中を滑る見えない波に乗るかのような軌道を描いて、隣の建物の屋上へと飛び移った。
「うっそ、あんな動きアリかよ!?」
クロたちのチームの野良プレイヤーが驚愕する。
「……残念。届かないよーん!」
なーちょが空中で体を捻り、不規則な軌道から正確無比な射撃をばら撒く。
放たれる弾丸には特殊な衝撃分散システムが搭載されており、こちらの牽制射撃を物理的に弾き飛ばしながら、雨のように降り注ぐ。
だが、その乱舞を見上げる冷静な瞳があった。
「動きはいい。……でも、見えすぎだ」
クロだ。
彼は愛銃**HR2「サン・スパイア」**を、滑らかな動作で空へ向けた。
タンッ!
乾いた音が響く。通常弾とは桁違いの初速で放たれた一撃が、空中のなーちょの服の袖をかすめた。
「イッた!? 何その弾速!」
なーちょは即座に建物の影へ身を隠す。水クッションのような着地エフェクトと共に無傷で降り立つ。
「ふぅ、あっぶなー。隠れればこっちのもん……」
彼女はまだ気づいていない。
自分の身体から、天を突くような「黄金の光柱」が立ち昇っていることに。
「なっ、壁裏に隠れたのに何で撃たれる?!」
敵チームの野良たちが動揺する。彼らの視界には光など見えていない。
だからこそ、遮蔽物に隠れようが煙幕を使おうが、百発百中で位置を特定され、ピンポイントで撃ち抜かれる状況に恐怖した。
『マーカー点灯。黄金の光柱は、まるで世界そのものが彼女の位置を告げているかのようだった。
高機動の彼女を封じ込める。
ガストンさん!光の根元を制圧射撃』
ガストンは答える様に叫ぶ
「っしゃぁー!」
クロの指示は絶対だ。黄金の標が、なーちょの位置をリアルタイムで晒し続ける。
「ちょ、マジ!? 壁越しに位置バレしてんですけどー!」
ガストンから何事もなかったの様に隠れたことなど意味がなかった様に足元に弾が刺さる。
なーちょの悲鳴が上がる。
その時、右翼側で味方のプレイヤーが一人、音もなく崩れ落ちた。
『……!』
クロの視線が鋭く動く。
瓦礫の隙間、光学迷彩のように風景と同化する敵影。リバルドだ。的確に味方の隙を突き、数を確実に減らしに来ている。
『アッシュ、右翼の方が少し押されてる。リバルドさんの相手……頼めるかい?』
「任せな!」
アッシュが駆け出す。
その先には、瓦礫と同化するように潜むリバルド。
彼の纏う**HR2「レオナルドリーフ」**は、周囲の風景をリアルタイムで光学的にシミュレートし、肉眼での視認を極限まで困難にさせている。
「……ちっ、突っ込んでくるか。だが、その足音で位置は丸わかりだ」
リバルドはアサルトライフルの照準を、砂埃の舞うアッシュの進行方向へ置いた。姿が見えずとも、音さえあれば予測射撃で仕留められる。
しかし次の瞬間。
フッ……。
世界から「音」が消えた。
蹴り上げる砂埃も、軍靴の重い響きも、アッシュという存在が発する物理的ノイズの全てが消失する。
HR2:グリーンガンタイプスキン「フォレスト・ファントム」。
「……!? 消え……た?」
リバルドの冷静な表情が崩れる。
アッシュが透明になったわけではない。だが、聴覚情報と物理現象(砂煙)という「存在の証拠」が世界から切り取られたことで、予測のタイミングが致命的にズレた。
ほんの1秒の静寂。
リバルドが違和感に気づき振り返った時、そこにはすでに死神の銃口があった。
「ここだぜ?」
ズドン!!
至近距離のショットガンがリバルドの迷彩を吹き飛ばす。
「くっ……!」
リバルドの身体が大きく吹き飛ばされる。
だが、ポリゴンとなって散ることはない。彼の装備している高位の胴体スキンが、致命的な衝撃を大幅に軽減していたのだ。
「硬てぇな! だが邪魔者は消えた!」
勢いに乗るアッシュ。その前に、ぬらりと立ちはだかる巨影があった。
ゲルドだ。
「……!」
後方で指揮を執っていたクロが、思わず目を見開いた。
ゲルドの纏う黒鉄と深紅のアーマー。その継ぎ目からは、地獄の釜の底から湧き上がるような、青白い焔が揺らめいている。
その粒子量、質感、そして放たれる威圧感。
(あのエフェクト……HR2等級のものじゃない。まさか、**UR**か……?)
URレッドガンタイプスキン「ブルーフレイム・ブレイカー」。
「……やるな、アッシュ。だが、ここから先は通さん」
ゲルドが低く唸る。全身から噴き出す蒼炎が、彼の闘志に呼応して激しく燃え上がる。
「へっ、燃えてやがるな! だが俺の速度にはついてこれねぇぞ!」
アッシュが正面から突っ込む。
迎撃しようとするゲルドの懐へ、一気に距離を詰める。
ガキンッ!
鈍い金属音が響いた。
ゲルドが咫嗟に突き出した『銃剣』が、アッシュの侵入を物理的に阻んだのだ。多くのプレイヤーが飾りだと侮るその刃を、ゲルドは壁として使いこなす。
「なっ……! そんなのありかよ!?」
アッシュが驚愕する。銃剣を盾代わりに使って間合いを潰すなど、常識外の技術だ。
だが、アッシュも止まらない。
「甘ぇよっ!」
銃剣で動きを止められた体勢から、強引に身体を捻り、ねじ込むようにショットガンの銃口をゲルドの胸元へ押し付けた。
無理矢理こじ開けた射撃のチャンス。
「……!」
ゲルドの目が驚きに見開かれる。
「吹っ飛びな!!」
アッシュが引き金を引いた、その瞬間。
ゲルドの姿がブレた。
流れるような動作で『しゃがみ』を入れ、同時に蒼炎の噴射を利用して加速。
アッシュのショットガンが火を吹くコンマ数秒前、本来あり得ない速度で巨体が沈み込んだ。
――ブースト・クラウチ。
放たれた散弾は、ゲルドの頭上の空を虚しく切り裂く。
(なっ……!?)
アッシュが息を呑む。
かつて焦がれた、熟練者だけが到達できる回避カウンターの極致。
だが、今目の前で行われたのは、記憶にある「技術」の枠を遥かに超えていた。
蒼い焔をブースターにし、回避から攻撃への移行速度が異常に速い。
「終わりだ」
アッシュが二射目のポンプアクションを行うよりも速く、ゲルドは立ち上がりながら、今度は上半身を鋭く左へ逸らした。
蒼炎の残像が、彼の実体を二重三重にブレさせる。
――しゃがみ左リーン...
最小限の動きで照準をずらし、アッシュの懐へ、青い炎を纏った銃剣が突き出される。
(速ぇ……! 俺が憧れたあの動きが、さらに進化してやがる……!)
(……やっぱり、あの男は俺の憧れのままだ)
ズガァンッ!!
銃剣による強烈な刺突と、ゼロ距離射撃の同時攻撃。
蒼き爆炎がアッシュを吹き飛ばした。
「ぐ……はっ……」
アッシュが吹っ飛ばされ転がる。
戦況は拮抗しているかに見えたが、、。
黄金の光で戦場を支配するクロと、青き焔を纏い、至高の体術で「進化」を見せつけるゲルド。
それぞれの全力がぶつかり合う、極上の戦場がそこにあった。




