第五十四話:それぞれの想いと戦場と
タン、タン、タン♪
軽快なリズムを刻む足音が近づいてくる。
先ほどまでの重苦しい思考を吹き飛ばすような、そんな明るい響きだった。
「アダダちゃん、お待たせやでぇー!」
ソフィーが両手に温かそうなカップを持って戻ってきた。
まるでピクニックにでも来たかのような笑顔だ。
「はい、これ。ホットミルクティー。甘めにしてあるから」
「あ、ありがとうございます……」
アダダが受け取ると、カップからは白い湯気と共にふわりと甘い香りが漂った。
その温もりが、冷え切っていた指先からじんわりと伝わってくる。
「よっこいしょっと」
ソフィーはアダダの隣に腰を下ろすと、自身のカップに口をつけた。
「んーっ! 生き返るわぁ。やっぱ疲れた時は糖分やな!」
「ふふ、そうですね」
アダダも一口飲む。
優しい甘さが口いっぱいに広がり、強張っていた体の力が少しだけ抜けた気がした。
眼下には、ガレリアの街並みが広がっている。
ここから見ると、あの騒がしいマッチング場も、威圧的な守衛団本部も、ただの景色の一部に過ぎないように思える。
「……なぁ、アダダちゃん」
ソフィーが景色を眺めたまま、ぽつりと口を開いた。
「え? はい」
「あんまり自分だけで背負い込んだらあかんで?
荷物が重すぎると、歩くんもしんどくなるやろ?」
「……」
「ウチな、昔よう言われたんよ。『適当が一番や』って。
まあ、それはそれで怒られたりもしたけどなー! ガハハ!」
ソフィーは豪快に笑う。
その横顔を見ながら、アダダは不思議な感覚を抱いていた。
彼女の言葉は軽いけれど、どこか芯を食っている。
そして何より、この「ソフィー」という人物からは、堅苦しさを感じない。
「ソフィーさんは……すごいですね」
アダダは素直な感想を口にした。
「ん? 何がや?」
「なんか、自由だなって。
悩んでるのがバカらしくなります。」
「せやろ?
悩みなんてな、美味しいもん飲んで、綺麗な景色見て、一回忘れてもええねん。
……大事なことなら、嫌でもまた思い出すしな」
ソフィーは片目を瞑ってウィンクした。
「ま、今はボーッとしとき。ここは特等席やからな」
「はい……」
アダダは再びミルクティーを一口飲んだ。
「会社員」という言葉の引っ掛かりはまだ胸の奥にある。
けれど、今は隣に座る不思議な女性の温かさに、少しだけ甘えることにした。
風が優しく吹き抜け、二人の髪を揺らす。
嵐の前の、ほんの束の間の休息だった。
***
◇10vs10 マッチング待機エリア
「完全勝利……!」
リザルト画面に大きく表示された『VICTORY』の文字が消えると同時に、ロビーに戻ったチームメンバーたちから歓声が爆発した。
「おいおいクロ! あんたやっぱり化け物かよ!」
大柄なガストンが、興奮冷めやらぬ様子でクロの肩を叩こうとして、恐れ多いとばかりに手を止めた。
「あんな完璧な指揮、初めてだぜ……。
指示通りに動くだけで、敵が勝手に溶けていくんだからな」
ビートも呆れたように首を振る。
野良で参加していたプレイヤーたちも、噂の「死線のタクト」を目の当たりにし、畏敬の念を隠せない様子だ。
「それに、あの光の柱……あれは何だ?
壁の裏だろうが何だろうが、位置が丸見えだったぞ」
冷静なレイスでさえ、興奮気味に問いかける。
クロは愛銃の黄色い輝きを愛おしそうに撫でながら、涼しい顔で答えた。
「『サン・スパイア』。
ちょっとしたレア物でね。君たちの火力が高いからこそ、マーカーが活きたんだよ」
手柄を独り占めせず、サラリと仲間を立てるその姿勢に、周囲の好感度がさらに跳ね上がる。
「おいおい! 俺の活躍も忘れるなよ!」
アッシュが我慢できないといった様子で割り込んできた。
「あんたも怖すぎだろ!
音もなく忍び寄ってズドンって……心臓止まるわ!」
「あの巨体で気配ゼロとか、反則レベルだぜ」
味方たちから口々にツッコミと称賛が飛ぶ。
「フォレスト・ファントム」によるステルス機動は、敵だけでなく味方にとっても驚異的な光景だったようだ。
「ガハハ! ビビったか!
俺様の背中にちゃんとついて来いよなぁ!」
アッシュは仁王立ちで豪快に笑う。
その時、無機質なシステム音がロビーに響き渡った。
『マッチングが成立しました。転送を開始します』
「お、次だ!」
「よし、このメンバーなら負ける気がしねぇ!」
「連勝記録作るぞ!」
一度の勝利で完全に結束したチームの士気は最高潮だ。
『BATTLE START』
視界がデジタルノイズに包まれ、次の瞬間、彼らは荒涼とした砂漠のフィールドに立っていた。
「さあ、行こうか」
クロが静かに銃を構える。
「おうよ!!」
アッシュが雄叫びを上げる。
最強の指揮官と最強の遊撃手。
二人の英雄を擁する部隊が、再び戦場を蹂躙するために駆け出した。




