第四話:酒場と、決意と
「……はぁ、負けちゃった。強かったなぁ、あの人たち」
ホームタウン『ガレリア』の復活エリア。
光の粒子となって二度目の戦場から戻ってきた私は、隣で平然と立つクロを見上げて溜息をついた。
「ドンマイ。あの状況を作ってしまった僕も悪いさ」
クロは私に責任を感じさせない物言いで、逆に私の不甲斐なさを強調する。
(……それにしても、私の選んだこの銃。もっとうまく扱えるようにならないと)
私は自分の腰に提げた、無機質な鉄色の銃を見つめた。
この世界でのバトルでは、出撃のたびに四つの武器タイプから一つを選択して挑むことになる。
連射性と安定性に優れたアサルトライフル『イエローガン』。
取り回しは重いが、一発のダメージ補正が高い重火力型の『レッドガン』。
威力は控えめだが、連射速度と機動力に優れ精密射撃も兼ね備えるサブマシンガンの『ブルーガン』。
そして、至近距離で全てを粉砕するショットガンの『グリーンガン』。
今はバランスの良いブルーガンを使っているけれど、自分に本当に合うタイプは一体何なんだろう。
今の私には、まだその答えは見つかっていない。
「ねぇ、クロ。私、ちょっとお腹空いちゃった。反省会もかねて、あそこに行ってみない?」
私が指さしたのは、裏通りにひっそりと佇む『ミッシュウ・ラン』という酒場だった。
「いいよ。ちょうど僕も少し話したいことがあったんだ」
クロがそう答えるのを待たず、私は既にそちらへ向かってトコトコと歩き出していた。
扉を開けると、食欲をそそるスパイスの香りが鼻腔をくすぐる。
「いらっしゃいませ! バトル帰り? お疲れ様! そんなに肩を落として……」
カウンターの中から声をかけてきたのは、三つ編みおさげが可愛い、いかにも活発そうな女の子だった。
「私はディルー。そっちのカウンターでグラスを磨いてるのが店長。さ、座って!」
「おーい、でぃーちゃん! こっちのおかわり頼むよ!」
「はいはい、今行くから待ってて!」
客席からの声に、ディルーは慣れた様子で応える。
後ろから追いついてきたクロも、静かに頭を下げた。
「お邪魔するよ。……少し、休ませてもらう」
私たちはディルーに導かれるままカウンターに腰を下ろした。
「……バトル帰りか」
グラスを磨きながらボソリと呟いた店長は、彫りの深い顔立ちで威圧感がある。
「はい……。実は今日が初陣だったんですけど散々な結果で。十三位だったんです」
私は初めての戦場で何もせずに終わった不甲斐なさを噛みしめる。
店長は磨いていたグラスを置き、短い視線をこちらに投げた。
「……十三位。初陣にしては悪くない」
低く、重い声。
慰めではない、事実だけの評価。
彼は私の顔を見て、端的に告げた。
「だが、何が起きたか分からんうちにやられた顔だ」
「えっ……」
「戦場では、止まれば死ぬ」
たった一言。
けれどその言葉は、私の胸の奥に鉛のように重く、熱く響いた。
「止まったら死ぬ……。訓練施設でも、グロウズ教官に似たようなことを言われたなぁ」
私がその言葉を反芻していると、ディルーがクスクスと笑いながら耳元で囁いた。
「この人こう見えて昔は凄腕だったんだよ。色々あって引退しちゃったけどね」
「おい、ディルー。余計なことを言うな。……飯はどうする。カレーでも食うか」
店長の無骨な誘いに、私は一瞬、スパイスのいい匂いに負けそうになった。
けれど、店長の「止まれば死ぬ」という言葉が、今の私の闘争心に強烈な火をつけていた。
じっとしていられない。
今すぐにでも、体を動かしたい。
「……店長、ごめんなさい! カレー、すっごく食べたいけど……今の言葉聞いたら、居ても立っても居られなくなっちゃった!」
私はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「私、もう一回行ってきます!! 勝って戻ってきてから食べます!」
入店して数分も経っていない客の無礼な宣言。
だが、店長は怒るどころか、ニヤリと微かに口角を上げただけだった。
「……いいだろう。行ってこい」
「はい! 行こう、クロ!」
私は勢いよく店を飛び出した。
残されたクロは、やれやれといった様子で苦笑し、店長に軽く会釈をした。
「……すみません、騒がしくて。すぐに連れ戻します」
そう言い残し、彼もまた風のように私の後を追ってきた。
そして3度目の戦場「山岳地帯 砦」のエリアに転送された
今回は周囲に敵はいないみたいだ。
今回のチームは私とクロ、それに野良の二人組。
「よろしくー。俺ら結構やり込んでるんで、足引っ張らないでね」
自信満々な彼らを横目に私たちは周囲の警戒やしながら進んだ。
そして薄暗いトンネルへと突入する。
湿った冷気と、反響する水滴の音。
私たちは慎重に奥へ進む。
しかし、中間地点に差し掛かった瞬間だった。
――ドォン!!
轟音と共に、前衛を歩いていた野良の二人が弾き飛ばされた。
前方、高い岩棚の上からの集中射撃。
「うわっ、マジかよ! 位置が分かんねぇ!」
「クソッ、上か! あんなのどうしようもねぇよ!」
パニックに陥り、遮蔽物に身を隠すだけで精一杯の二人。
一方的な撃ち下ろしに、チームは完全に釘付けにされた――かに見えた。
「……慌てるな。射線は三つだけだ」
クロの声は、氷のように冷静だった。
彼は瞬時に状況を分析し、短い指示を飛ばす。
「君たちはその岩陰からレッドガンで牽制を。当たらなくていい、顔を出させるな」
「え、あ、ああ! 分かった!」
野良の二人が闇雲に撃ち返し、敵の注意がそちらに向く。
その隙に、クロは私の肩を叩き、視線だけで「前」を示した。
「アダダ。……行けるかい?」
「え……?」
「あの岩棚へのルートだ。彼らが注意を逸らしてくれてる今なら行けるはずだ。」
クロに言われて、私はハッとした。
敵の配置。
鍾乳石の並び。
銃声のリズム。
それらが頭の中で一枚の立体図として組み上がり、雑然とした洞窟の中に、一本の「正解の道」が光って見えたような気がしたのだ。
(……止まったら死ぬ。迷わなければ、行ける)
私は頷くと同時に、地面を蹴った。
――タタタッ!
自分でも驚くほどの速度だった。
岩肌を蹴り、銃弾の雨を紙一重で抜け、最短距離で敵の懐へと潜り込む。
敵が気づいた時には、私はもうブルーガンの射程圏内にいた。
「えっ、いつの間に――!?」
慌てて銃口を向けようとする敵に、私はトリガーを引き絞る。
詳細な狙いなどいらない。
ただ、見えた景色の中に弾を置くだけ。
それだけで、三人の敵は光の粒子となって霧散していった。
「す、すげぇ……。あの一瞬で距離を詰めたのか?」
「新人じゃなかったのかよ……」
呆気にとられる野良の二人をよそに、私はドキドキする胸を押さえてクロを振り返った。
「やった……! 私、出来たよクロ!」
「ああ、完璧だ」
クロは満足げに微笑みながらも、その瞳の奥で鋭く私を観察していた。
(教えたわけでもないのに、あの複雑な地形を瞬時に把握し、死角を縫って移動した……。彼女のこの空間認識能力、やはり……)
「えへへ、なんだか夢中で……。あ、残りチーム数は、あと三チームだよ!」
「……ああ。このまま、行けるところまで行こう」
私たちは、洞窟の出口から差し込む勝利の光に向かって、再び歩き出した。




