第四十七話:陽気なマスターと戦場の悪夢
◇BAR「レイブン」 地下室
重苦しい情報共有の時間が過ぎ、時計の針は深夜を回っていた。
「今日はもう遅い、帰って寝ろ」
ゲルドがぶっきらぼうに、しかし彼なりの気遣いを見せて解散を促した。
「わっ、もうこんな時間」
アダダは端末の時計を見て驚いた。
「そうだね。それでは僕たちは先に失礼するよ」
クロが代表して挨拶をする。
被害者の女性、ロナが深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。おやすみなさい」
三人が出口へ向かおうとした時、アッシュが立ち止まり、先ほど連れてきたあの男性被害者に声をかけた。
「その……なんだ」
アッシュは頭をガシガシとかきながら、言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「元気だせよ……。真実見つけるのも、その……大事だろ?」
「死」や「弔い」といった決定的な言葉を避け、不器用ながらも前を向かせようとするその言葉。
普段は思ったことをそのまま口にするアッシュだが、彼の根底にある優しさが垣間見えた瞬間だった。
男は涙目で何度も頷いた。
***
三人は地下室を後にし、隠し扉を抜けて薄暗いバーのフロアへと戻った。
そのまま出口へ向かおうとした背中を、予想外の声が引き止めた。
「ディルーの嬢ちゃんと、あの老けたジジイによろしくな」
それは、見た目のハードボイルドな雰囲気からは想像もつかない、底抜けに陽気な声だった。
「えっ? でぃーちゃんの事知ってるんですか?」
アダダが驚いて振り返る。
カウンターの中にいるサングラスの男――マスターは、ニカっと白い歯を見せて笑っていた。
クロは足を止め、冷静に思考を巡らせる。
(お店に入った時にも思ったけど、この人も深い関わりがあるんだ)
あの隠し部屋とも言える地下室を提供できる人物。
「老けたジジイ」という言葉とディルーを並べることで、その人物が誰を指すのか容易に想像がつく。
(店長のことだね。……やはり、ただのバーのマスターじゃない)
一方で、アッシュの反応は違った。
「おっさん、そんな声なのか?!」
そこ?! と言いたくなるようなポイントに食いついている。
「あぁ、知ってるとも」
マスターはアッシュの無礼な物言いも気にした様子なく、グラスを磨きながら答えた。
「その……貴方は?」
アダダが尋ねる。
「マスターとでも呼んでくれたらいいよ? ……カッコ良すぎるか? ははは!」
男は豪快に笑った。
クロは一瞬の間を置き、礼儀正しく頭を下げた。
「マスター、ありがとうございます。素敵なお店ですね。また来ます」
「おーぅ、また来ーい!」
***
店を出た三人は、それぞれのマイホームがある居住区画へと歩き出した。
夜風が少し冷たいが、どこか清々しい。
「マスター、見た目は渋くてかっこいいおじさまなのに、随分と陽気な人だったね?」
アダダがくすくすと笑いながら言う。
「渋いおじさまだと? アダダは渋いおじさまが好みなのか?」
アッシュが横目でにやりとからかう。
「違うよー!」
アダダは否定しつつも、にこやかに続けた。
「なんかインパクトすごいなって!」
「でも、マスターは店長とも繋がりがあるような、親しいのだろうなって印象を受けたよ」
クロが静かに補足する。
「そんなこと言ってたか?」
案の定、アッシュだけは気付いていなかった。
「アッシュ……君というやつは……」
クロは呆れたようにため息をついた。
「ディルーが元気かと聞いてきただろ? 『ジジイ』ってのは店長のことだなと思わないのかい?」
「んー……あー、そうか! そうだな! ただの陽気なおっさんかと。ガハハ!」
アッシュは豪快に笑い飛ばした。
「アッシュらしいね。ふふっ」
アダダもつられて笑ってしまう。
「はぁ……まぁいいよ。とにかくあの秘密基地とも言える場所を提供出来る人物だ。
おそらくあそこにいた人たち、仲間が消えた人たちの話しを少なくとも知っている人物だ」
「そうだね……気になるけどー。でも少なくとも味方だよねっ」
「敵ではない事は確かだよ。
ただ安心はまだしてはいけないよ。全て疑いかかるくらいで行こう」
クロは慎重に釘を刺す。
すると、アッシュが夜空を見上げながら言った。
「よくわかんねーけどよ、悲しんでる奴らを見たんだ、俺らは」
その声は、珍しく真面目なトーンだった。
「助けてやりたいと思うのが人間だろ?
助けてやればいい! 助ける力があるやつはそうしろって、俺は思うぞ!!」
状況を深く分析するクロとは対照的に、アッシュの理屈は単純明快だ。
だが、その言葉には嘘のない人情と温かさが溢れていた。
(……これだから、アッシュには敵わないな)
アダダとクロは顔を見合わせ、無言で微笑んだ。
イマイチ状況を掴めていない彼だが、その真っ直ぐな心がチームの支えになっている。
今はその事実だけで、前に進める気がした。
そのまま居住区画に着いた三人は、それぞれのマイホームへと帰っていった。
***
そして、翌朝。
ピロンッ、ピロンッ。
激しい通知音で、アダダは目を覚ました。
まだ眠い目をこすりながら、枕元の端末を確認する。
クロからのメールだ。
「んぅ……なに……こんな朝早くに……」
しかし、その内容を目にした瞬間、アダダの眠気は一瞬で吹き飛んだ。
差出人:クロ
件名:緊急確認頼む
『おはよう。寝ているところ悪いが、これを見てくれ。
ブローキンが深夜から今の今まで、ずっと通常マッチや10vs10に出没している。
過去のマッチログを見る限り、ここ7〜8時間は潜りっぱなしだ』
「えっ……7時間も?」
アダダは背筋を伸ばして画面をスクロールする。
そこには異常な戦績データが添付されていた。
『何戦あるかわからないけど、その長い間ずっと全て1位だ。
特に酷いのが10vs10。ログの解析だと、彼は味方チームすら盾に使い、最後はブローキンだけが一人で生き残り、勝つという状況を繰り返している。
……まるで、何かに取り憑かれたように』
画面に映るブローキンのアイコンが、不気味に笑っているように見えた。




