第四十六話:創造主のシナリオとデータの咆哮
生命の気配を一切感じさせない、無機質な白い回廊。
その静寂を引き裂くように、重厚な金属音が響き渡る。
コン、コン、コン。
足音の主は、この殺風景な場所には似つかわしくない、煌びやかで禍々しいほどの豪華な装備――全身URに身を包んだ男、ブローキンだった。
「相変わらず気味のわりーとこだぜ……」
彼は眉間に深い皺を寄せ、吐き捨てるように呟く。
脳裏に浮かぶのは、先ほど視界の端に現れた黒いウィンドウの文字だ。
『今すぐ来い』
メッセージは一瞬で消えたが、それがブローキンの神経を逆撫でし、イライラを増幅させていた。
酒場『ミッシュウ・ラン』を出た直後、街の喧騒から彼をこの場所へと転送させたのも、そのメッセージの送り主だった。
やがて彼の前に、高さ5メートルはあろうかという巨大な扉が現れた。
人間など虫けらのように感じさせる威圧的な扉の前に立つと、キィンという微かな駆動音と共に、それが自動で左右に開いていく。
中に広がるのは、深淵のような闇に包まれた広大な空間。
その中央に足を踏み入れた瞬間、どこからともなく声が響いた。
『遅いよ』
それは、曇ったガラス越しに聞くような、あるいは高度に編集されたような、奇妙な違和感を伴う声だった。
『まあいい。……お前、余計な事していないだろうな』
「あ? 何のことだ」
ブローキンは闇に向かって不機嫌そうに問い返す。
『お前がアダダ達の通う酒場へ行ったことは知っている』
「はんっ」
ブローキンは鼻で笑い、隠そうともしない苛立ちを露わにした。
「里帰りだよ、ただの」
『……累計100回目の死亡を記録する者達が増えてきた』
声の主は、ブローキンの弁明を無視して自身の思考を語り始めた。
『世界は少しずつ、僕が考えたシナリオに向かって動き出している。邪魔をするな。……君はただのデータなんだ』
――ドクン。
ブローキンの心臓が大きく跳ねた。
あの酒場で、彼は父親である店長に言い放った言葉を思い出す。
「俺は知ったんだ。――ローヴァンの真実をよ」
(バレたのか……!?)
一瞬、背筋が凍りついた。だが、続く言葉が彼の杞憂を打ち消した。
相手はまだ、彼が「真実」を口外したことまでは知らないようだ。
安堵。そして、その直後に湧き上がったのは、抑えきれないほどの激情だった。
「……俺がデータとか、そんな事はもはやどうでもいい」
ブローキンは拳を握りしめ、ギリギリと歯軋りをした。
「あんたはこの世界を作ったんだろうがよ。だがな、俺にはここが、俺の存在する唯一の場所なんだ!」
彼は自らの首筋を、血管が浮き出るほど強く掴んだ。
「あんたが作った設定のせいで! 俺はこんなにも! 血管という血管がはち切れそうなんだよぉ!!」
『ふっ……血管ときたか。データのお前に、そんなものがあるとでも?』
声は冷ややかに嘲笑う。
『所詮は欠陥品なんだな』
「うるせぇええええ!!!」
ブローキンの咆哮が闇を震わせた。
「だから俺がデータとかはどうでもいいと言ってるんだ!
あんたが作った『設定』が、俺を苦しめているという事実は変わらねぇんだよ!」
彼の脳裏に、二人の男の顔が浮かぶ。
「俺が尊敬していたあの男を消したのもアンタだが……
それでも俺は許せねぇ! 消えた謎を追いかけるという意志も、戦うことすらも放棄して逃げた、あの男をよぉ!!」
ブローキンの憎悪は、創造主たるこの声の主よりも、戦場から逃げ出したかつての英雄――自身の父親へと向けられていた。
『珍しいね。今日はよく喋るじゃないか』
声の主は、ブローキンの激情すらも分析対象としか見ていないようだった。
ブローキンは忌々しそうに舌打ちをした。
「ッ……用件は、『邪魔するな』って話だけか?」
『いや、もう一つある』
その言葉と同時に、闇に包まれていた空間が一変した。
正面の壁一面が巨大なモニターとなり、そこにノイズ混じりの白い映像が映し出される。
やがてそれは、一人の男の顔を鮮明に浮かび上がらせた。
――早乙女蓮吾。
この世界の創造主にして、全ての元凶が、冷徹な瞳でブローキンを見下ろしていた。
『僕はね、許せないんだよ』
蓮吾が静かに語りかける。
それはブローキンへの言葉であると同時に、自分自身への独白のようでもあった。
『当たり前に居た者が死ぬ事。
それは二度と戻らないという事実が、許せないんだ』
彼の瞳の奥に、狂気じみた光が宿る。
『いないものには、何も届きはしない。……だが、僕には届いてしまう』
「……何の話だ?」
ブローキンが眉をひそめる。
蓮吾の言葉は、あまりにも哲学的で、狂気じみていた。
『ふっ……僕も喋りすぎなようだ』
蓮吾は自嘲気味に笑うと、再び冷徹な開発者の顔に戻った。
『とにかく、僕の目的がまだバレてしまうのはマズい。
もっともっと、彼らには絶望を目の当たりにしてもらわないと困るんだ』
蓮吾の視線が、モニター越しにブローキンを射抜く。
『その前に、不確定要素を排除する。
君にはその役目を与えた。それを果たすために、そのUR装備を渡したんだ』
それは、創造主から被造物への、絶対的な命令だった。
『指示通り、戦場でプレイヤーを殲滅し続けてくれ。
彼らの目を、真実から逸らすために』
ブローキンは、モニターの中の男を睨みつけ、獰猛な笑みを浮かべた。
「……フン。いいだろう」
彼は踵を返し、出口へと歩き出す。
「俺は、あの男が戦場に戻ってくればそれでいい。
俺の復讐を果たすためになぁ!!」
データとしての宿命を呪いながらも、彼はその身に刻まれた「復讐」という設定に従い、再び戦場へと舞い戻る。
創造主のシナリオを狂わせる、最大のイレギュラーとなることを夢見て。




