第四十三話:絶叫と沈黙の裏路地
ほぼ全てのダイヤを使い果たしたものの、狙い通りクロの司令塔としての能力を強化するスキン「サン・スパイア」を手に入れた。
戦力強化の喜びに浸りながら、アダダたちがガチャパレスを後にしようとした、その時だった。
「誰か……誰かぁ! 俺の仲間を見なかったか?!」
悲痛な叫び声が、賑やかな空間を切り裂いた。
声の主は、装備の整った中堅プレイヤーらしき男だった。
彼は半狂乱になりながら、近くにいる人々に片っ端から掴みかかっていた。
「いねーんだ、どこにも! バトルから戻ったら消えちまったんだよおおお!」
叫喚するその男を避けるように、周囲の人々は蜘蛛の子を散らすように離れ、ぽっかりと円が出来上がっていく。
誰もが関わり合いになるのを恐れ、遠巻きに見つめるだけだ。
「えっ、これって……」
アダダの顔から血の気が引く。
「うん……考えていたことだけど……」
クロも表情を硬くし、冷静さを保とうとしながらも拳を握りしめた。
「カルマやディルーちゃんの親父さんと同じやつだな……」
アッシュが忌々しげに呟く。
再び起きた消失現象。
面識はない男だが、彼に何が起こったのか、そして彼のパートナーがどうなったのか、アダダたちにはすぐに理解できてしまった。
誰もが声をかけられずにいたその時、ある男が衆人環視の輪を割って現れた。
「おい、お前」
低い、地を這うような声。
ゲルドだ。
その後ろには、退屈そうに髪をいじっているなーちょと、殺気を隠そうともしないリバルドの姿があった。
「い、いやぁあああ! 俺の相棒がぁ!」
男はゲルドの巨体を見てもなお、錯乱状態から抜け出せずにいた。
ゲルドは男の胸ぐらを掴むでもなく、ただ威圧的に見下ろして言った。
「一旦落ち着いてこっちに来い」
有無を言わせぬその言葉。
男はゲルドの圧倒的な圧力に戸惑いつつも、今まで一人で叫び続け、ようやく声をかけてくれた人物に何かを期待してしまったのだろう。
震える足で立ち上がり、従うことしかできなかった。
ゲルドたちは男を連れ、人通りの少ない路地裏へと消えていく。
「……行こう」
クロの言葉に二人が頷く。
アダダたちは少し距離を開け、彼らの後を追った。
そこは、表通りの喧騒が嘘のように静まり返った場所だった。
「で? 勝ったのに戻らなかったってのか?」
ゲルドが腕を組み、男に問いかけている。
「そ、そうなんだ……! 完全勝利だった! なのにリザルト画面が出た後、あいつだけいなくて……どこ探してもいなくて……!」
男は縋るように訴える。
その言葉を聞いたなーちょが、髪をくるくると指に巻き付けながら口を開いた。
「ゲルちん、これってさー、やっぱーあれだよねぇー?」
「間違いなさそうですね」
リバルドも短く同意する。
その口調には驚きよりも、確認めいた響きがあった。
「な、なぁ、あんたら強いんだろ?! 何か知ってるのか?!」
男が希望を見出したように食いつく。
その時だった。
「タッ、タッ」
路地の入り口から、まるで子犬でも呼ぶ時のような、舌を鳴らす軽い音が響いた。
ゲルドたちの視線が、一斉に音のした方へ向けられる。
そこには、クロを先頭にしたアダダたちが立っていた。
「あ?」
ゲルドが眉をひそめる。
「おやおやぁ? どっかで見た顔だと思ったら……」
なーちょがニタニタと笑みを浮かべるが、そこには明確な殺意はなく、どこか楽しげな様子すらあった。
アダダは怯むことなく、ゲルドの前に歩み出た。
「ゲルドさん、カルマさんの事で何かわかったの? 今回も同じ様な状況に見えるんだけど」
アダダの真剣な問いかけに、ゲルドはふんと息を吐き、値踏みするようにこちらを見下ろした。
アダダの問いかけに対し、ゲルドは腕を組んだまま重々しく口を開いた。
「カルマの事があってから、俺なりにさらに調べた。
こいつらの協力もあって、少しずつ見えてきた事がある」
ゲルドは背後にいるリバルドとなーちょに顎をしゃくってみせた。
かつて敵対していた彼らが、今はこうして行動を共にしていることに、クロは静かに眉を動かした。
「まず、この『消失』とも言えるような現象……
カルマやこいつだけでなく、少しずつ同じ事が報告されているみたいだ」
ゲルドは、まだ震えている男を横目で見やりながら続ける。
「守衛団に一人、俺のファン? みたいな奴がいてよ。
そいつからの情報だと、報告だけですでに何十件ときてるそうなんだ」
「何十件も……?!」
アダダは驚愕した。
それだけの数が消えているにも関わらず、表立った騒ぎになっていないことに恐怖を覚える。
「だが、守衛団は一瞬探すだけで、捜査を続けることはしねぇみたいでな。
ただの行方不明か、本人の意思で街を出たって処理されてやがる」
ゲルドは忌々しそうに吐き捨てた。
「だから、俺らがこいつみたいなやつを集めて情報交換する……
組織とまでは行かねーが、ネットワークを作った」
「ネットワーク……」
クロが低い声で反芻する。
「俺らも全てをそこに賭けてるわけじゃねーから、通常マッチに行ったりしながらな。
そこで街に戻った後、同じようにパニックになってる奴を見てきた。
そこで声をかけたりして作った感じだ」
掲示板で騒がれていた彼らの行動は、ただ暴れていただけでなく、こうした被害者を探す目的も兼ねていたのだ。
クロは少し考えてから頷いた。
「なるほど、守衛団が動かないのは知っていたよ。
だけど同じ様な目にあった人たちを集めているとは」
クロの言葉には、純粋な感心が混じっていた。
アダダは二人の男――アッシュとクロを見やり、そしてゲルドに向き直って言った。
「私達も協力したい」
その言葉にアッシュもニッと笑う。
「そーゆー事なら手を貸さないわけには行かねーな」
ゲルドはふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
「フン、好きにしろ」
拒絶はしない。
それが彼なりの許可だった。
ゲルドは男の背中を押し、歩き出そうとする。
「一旦こいつも連れて情報をまとめ直すぞ」
リバルドが、端末をいじり少しした後、顔を上げた。
「連絡しておきました。レイブンに行きましょう」
「レイブン?」
アダダが聞き慣れない名前に首を傾げる。
すると、なーちょがひょこっと顔を出して説明してくれた。
「あーし達の行きつけ的な? 所だよ、アダダちゃん」
「俺らでいう親父の店みてーなところか!」
アッシュがポンと手を打つ。
彼らにとっての『ミッシュウ・ラン』のような拠点が、ゲルドたちにもあるということだ。
「行くぞ」
ゲルドの低い号令とともに、奇妙な混成チームは路地裏の更に奥、夜の闇が濃くなる方角へと歩き出した。




