第三十六話:不穏な訪問者、ブローキン
そんな温かい雰囲気を壊す様に、酒場のドアが乱暴に蹴り開けられた。
カランカラン! と、激しく鳴り響くドアベル。
入口に立っていたのは、一分の隙もなく豪華なスキンを全身に纏った男――ブローキンだった。
彼の武器や防具は、見る者の目を焼くような金銀の装飾が施され、動くたびにジャラジャラと不快な金属音を立てる。その成金趣味な輝きは、落ち着いた『ミッシュウ・ラン』の空気の中で、あまりにも異質で、毒々しい。
「邪魔するぜぇ!」
ブローキンの野太い声が店内に響き渡る。
談笑していた客たちは一瞬で黙り込み、アッシュとクロは反射的に腰を浮かせた。私も、あまりの威圧感に喉の奥が引き攣るのを感じた。
「ローくん……」
その名を呟いたのは、ディルーだった。
弾けるような笑顔は消え、その瞳には驚きと、それ以上に深い悲しみが混じっている。ブローキンは鼻で笑うと、ディルーを値踏みするように眺めた。
「ディルー、久しぶりだな」
「…………」
「ローくん……。二度とその名前で呼ぶんじゃねぇ」
吐き捨てるように言ったブローキンは、悠然とカウンターへと歩み寄る。その視線が、ディルーを通り過ぎて店長の顔に突き刺さった。
「親父。……戦場から逃げてまだ、カレーなんか作ってんのか?」
店内が、凍りついたような静寂に包まれた。親子。この豪華な装飾に身を包んだ男と、寡黙な店長が――。
「おいおい、久しぶりの親子再会だぜぇ? 睨みつけてねーで、なんとか言えよ」
ブローキンはカウンターに肘をつき、嘲るように店長の顔を覗き込んだ。店長はピクリとも動かず、ただその双眸に怒りと哀れみを宿して、息子だった男を見つめ続けていた。
「おい、てめー! 黙って見てりゃムカつく事ばかり言いやがって!」
耐えかねたアッシュが、椅子を蹴るような勢いで立ち上がった。その手は、腰のフォレストファントムへとかかっている。
「表出ろ! この前の借りも含めて、きっちり返してやるぜ!」
だが、ブローキンは首をゆっくりと回してアッシュを一瞥しただけで、微動だにしなかった。
「あ? 誰だテメェ。気安く喋りかけてくんな、外野風情が」
睨み合う二人。一触即発の空気が流れる中、沈黙を貫き、静かにブローキンを睨みつけていた店長がついに重い口を開いた。
「ブローキン。ここはお前の来ていい場所じゃない」
その声は低く、地を這うような冷たさを帯びていた。
「親子だ? ……あの日から、お前の事を息子だと思った事など一度もない。さっさと店を出るんだな」
「はっ、つれねぇなぁ」
ブローキンは肩をすくめ、わざとらしく溜息をついた。
「分かったよ。だがよ、親父。いつまでもそこでカレーなんか作っていられると思うなよ?」
ブローキンはカウンター越しに店長を見下すように顔を近づけ、声を落とした。
「俺は知ったんだ。――ローヴァンの真実をよ」
その瞬間、ディルーが息を呑み、両手で口を押さえた。
「お父さんの……?」
店長の眉が微かに跳ねる。それは確かな動揺だった。だが、店長は唇を固く結んだまま、それ以上は何も語らなかった。
「また来るぜ」
満足げに笑ったブローキンは、踵を返して出口へと向かう。去り際、邪魔だとばかりにアッシュを鼻で罵倒し、最後に一瞬だけ私――アダダへと視線を向けた。
ふっ、と。
何かを見透かしたような、不気味な笑みを残して、ブローキンは夜の闇へと消え去った。
カランカラン、とドアベルが空虚に鳴り、静寂だけが店内に取り残された。
アッシュは握りしめた拳を震わせ、今にも飛び出していきそうな気配だったが、クロがその肩にそっと手を置いて止めた。
「……店長」
クロが静かに声をかけたが、店長は答えなかった。ただ、ブローキンが去っていった扉の先を、誰にも見せたことのないような暗い眼差しで見つめ続けていた。
「ディルー、大丈夫……?」
私が駆け寄ると、ディルーは真っ青な顔で小さく頷いた。けれど、その震える指先はまだ、自分の口元を強く押さえたままだった。




