第三十五話:受け継がれる「森の幻影(フォレストファントム)」
【システム:試練達成を確認。HRスキン「フォレストファントム」の所有権を移譲します】
無機質なシステムメッセージが響くと同時に、二人の体が眩い光に包まれた。
視界が白く塗り潰され、次に目を開けたとき、私たちは元の白い壁の行き止まりに立っていた。
静寂の中、アッシュの手元にあるグリーンガンが、共鳴するように激しく震え始める。
すると、クロの武器から、森の深淵を思わせる深く幻想的な緑の光が溢れ出した。
「……いけ、アッシュ」
クロの静かな言葉に導かれるように、その光はアッシュのグリーンガンへと吸い込まれていく。
これまでクロが幾多の死線を共に潜り抜けてきたHRスキン、「フォレストファントム」。
その名の通り、戦場に幻影を纏わせるような繊細かつ力強い装飾が、アッシュの武器の表面に刻まれていく。
「……これ、が……」
アッシュが、新しく生まれ変わった自分の武器を呆然と見つめる。
かつての無骨なグリーンガンは、今や深く鋭い輝きを放ち、触れるだけで肌が痺れるような強大なプレッシャーを纏っていた。
「へっ……重てぇな、こいつ。……色んな意味でよ」
アッシュは照れ隠しのように鼻を鳴らしたが、その手はしっかりと、新しい相棒――フォレストファントムの感触を確かめていた。
「――フン、見苦しいな。たかがデータ一つで」
重苦しい沈黙を破ったのは、腕を組んで壁に寄りかかっていたグロウズ教官だった。
彼は相変わらずの不遜な態度で鼻で笑ったが、その視線はどこか、二人の連携に一定の評価を下しているようにも見えた。
「だが、最後のあの動き……。しゃがみとリーンを混ぜた射撃は、悪くなかったぞ。……ティフォンの野郎も、少しは驚いたかもしれんな」
教官の背後から、いつの間にか戻ってきていた本物のティフォンが、音もなく姿を現した。
彼は相変わらず感情の読めない顔をしていたが、アッシュが持つ「フォレストファントム」を一瞥し、わずかに口角を上げた。
「おめでとうございます。そのスキンは、持ち主の執念に呼応する。……大切になさってください」
「……ああ、言われなくても分かってらぁ」
アッシュはぶっきらぼうに返し、隣に立つクロの肩をガシッと掴んだ。
クロは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐにいつもの穏やかな、けれどどこか晴れやかな笑みを浮かべた。
「さあ、戻ろうか。……アダダも心配して待っているだろうしね」
クロが私の方を向き、優しく微笑む。
私は、こらえていた緊張が一気に解けて、思わず二人のもとへ駆け寄った。
「二人とも、本当にお疲れ様……! 教官、ティフォンさんも、ありがとうございました!」
私が深々と頭を下げると、グロウズ教官は「さっさと失せろ」と投げやりに手を振り、ティフォンさんは静かに会釈を返してくれた。
訓練所を後にし、街へと続く石畳の道を歩く。
「なあクロ、あの時の指示マジで神がかってたぜ!」
「いや、最後のアッシュの機動力があったからこそだよ。僕一人じゃ、あの一分は守りきれなかった」
夕日に照らされた二人の背中を見ながら、私はその後ろを追いかける。
道中、興奮気味に戦いを振り返る彼らの言葉を聞きながら、無事に終わった安堵感が心地よい疲れとなって全身を包んでいた。
カランカラン、と小気味よいドアベルの音が響く。
懐かしい木の香りと、微かな蒸留酒の匂い。
私たちはいつもの酒場『ミッシュウ・ラン』の扉を潜った。
カウンターの奥でグラスを拭いていた店長が、手を止めてこちらを見る。
(あぁ……いつもの三人が帰ってきたな)
店長は心の中でそう呟き、細く目を細めた。
扉を開ける音、足音、そして何より三人が纏う空気。
グロウズが何を課したのかを知っていた店長には、彼らの顔つきだけで分かった。
その声の起伏、立ち居振る舞い……死線を越え、見事に試練を乗り越えてきたのだと。
店長の胸に、静かな感慨が広がった。
「あ、いらっしゃーい!」
看板娘のディルーが、いつもの明るい笑顔で出迎えてくれる。
アッシュは頭を掻きながら、心なしか照れくさそうに視線を逸らす。
手元には、新しく「フォレストファントム」を宿した愛銃が、大切そうに抱えられていた。
「僕はいつものコーヒーを。少し濃いめでお願いできるかな」
クロは長旅の疲れを癒やすようにカウンターの椅子に深く腰掛け、店長に注文を告げる。
そんな二人を余所に、私は興奮が抑えきれずに喋り続けていた。
「ちょっと聞いてよディルー! 本当に凄かったんだから! クロが『死線のタクト』って呼ばれてて、もう指示が神様みたいで……! それに最後のアッシュ! 敵の弾をこう、しゃがんで左リーンで避けて、そこからドカンって! あの動き、絶対人間業じゃないよ!」
私の身振り手振りを交えた熱弁に、ディルーが「へぇー! すごいじゃない!」と目を輝かせる。
アッシュは「よせよ、アダダ……」と顔を赤くし、クロは苦笑しながらも嬉しそうに私の話を聞いてくれていた。
そんな和気藹々とした光景を眺めながら、ディルーがカウンターの店長の元へと歩み寄った。
「店長……本当に、いいチームだね、あの三人」
しみじみとしたディルーの言葉に、店長は静かに、けれど深く頷いて言った。
「ああ」




