第三十四話:死線のタクト、その真価と誤算
クロがビルの窓から身を乗り出した瞬間、ティフォン・クローンの銃口が彼を捉えた。だが、クロは動じない。
「そこだ……!」
クロはビルの窓から飛び降り、着地と同時にイエローガンを連射する。それは単なる乱射ではない。クローンの回避先をあらかじめ潰すように計算し尽くされた「面」の射撃だ。
クロは1vs1においても、その二つ名に違わぬ実力を見せつける。相手がどれほど不可解な動きをしようとも、戦場のわずかな揺らぎから最適解を導き出し、弾道を置いていく。地上でアッシュの背中を預かりながら、クロの「タクト」はより一層の冴えを見せた。
「アッシュ、左後方! 影を撃て!」
「おうよぉ!」
クロの指示は神速だった。アッシュがその指示通りにグリーンガンを掃射すると、虚空から弾き出されるようにクローンの姿が露わになる。
連携は完璧だった。クロがクローンの自由を奪い、アッシュがその火力を叩き込む。このまま行けば勝てる――観覧室のモニターを握りしめる私の手に、勝利への期待が宿った。
しかし、クローンの動きが不自然なほどに急加速した。
「なっ……!? 加速した……?」
クロの計算を嘲笑うかのように、クローンは空中で不規則な機動を見せ、アッシュの懐へ潜り込んだ。
クローンの漆黒の銃身が、アッシュの至近距離で火を吹く。
「がっ……あ……!」
アッシュのHPゲージが一瞬でゼロになり、彼の体が光の粒子となって霧散した。
「アッシュ!」
叫ぶクロに、クローンは一瞬の猶予も与えない。相棒を失い、一瞬だけ視線が揺らいだその隙を逃さず、クローンは影のようにクロの背後へ回り込んだ。
「……っ、しまっ――」
クロがハンドガンを背後へ向けようとしたが、それよりも速く漆黒の銃口が彼の胸元に押し当てられた。
鋭い閃光が走り、クロの視界が赤く染まる。モニターの中で、クロのHPゲージもまた、無情に消失した。
【二死】
無情なシステムログが観覧室のモニターに刻まれた。私は冷たくなっていく指先を握りしめ、映し出される二人の姿を必死に追う。
二人はシステムによって、エリアの別々の場所にリスポーンさせられた。
「クロ! 聞こえるか! どこだ!」
「……ああ、聞こえているよ。僕は公園の噴水広場だ」
クロの声の奥に、自分への怒りが滲んでいるのを私は感じ取った。
「済まない、アッシュ。僕の読みが甘かった。奴は一定のダメージを受けると、機動パターンをより『本物』に近づけるロジックを組まれているようだ。……次は、さっきの速度を前提に動かなきゃならない」
「反省会は後だ! 合流するぞ、今すぐ――」
アッシュが走り出そうとしたその時、ノイズと共にグロウズ教官の冷徹な声が割り込んできた。
「一分だ。一分以内に合流できなければ、貴様らの負けだ。……あいつはもう、動き出しているぞ」
モニター越しに、私は見てしまった。公園にいるクロの背後。
噴水の水しぶきに紛れて、あの漆黒の影が音もなく立ち上がったのを。
「クロ、後ろ! 来てる、そっちに行ってる!! 逃げて!!」
私はモニターに向かって、届かないと分かっていながら必死に叫んだ。画面を叩かんばかりに身を乗り出し、喉が張り裂けるような思いで声を上げる。
お願い、気づいて、クロ!
クロは私の叫びに応えるかのように、野生的な直感で振り返りざまにハンドガンを放つ。
だがクローンはそれを回避し、冷たい銃口をクロの眉間に突きつけた。
「待て……! 待てよ!!」
アッシュの絶叫がインカムから響く。全力で走っても一分はかかる距離だ。
絶体絶命の瞬間。クロは死の銃口を向けられながら、ふっと口角を上げた。
「……そうだね、アッシュ。信じてるよ」
その言葉と共に、クロは地面に設置型の「煙幕弾」を叩きつけた。
噴水広場が真っ白な煙に包まれる。視界を奪われたクローンが、一瞬だけ動きを止めた。
煙幕の中から、クロのアッシュに寄せる信頼の一言がインカムに響く。
それは、自分の命を賭けて道を作る者の、静かで力強い宣誓だった。
「クソがぁぁ! 間に合え、間に合えよ!!」
アッシュは肺が焼けるような呼吸を繰り返し、アスファルトを蹴る。
煙の中心で、クローンの漆黒の腕が、クロの首筋へ伸びるのが見えた。
「クロ!!」
私はモニターに縋り付き、涙声で叫んだ。
クロは回避を捨て、ただ一点――アッシュが走ってくる方向だけを見据え、その場で踏みとどまっている。
煙が完全に晴れる、その刹那。
「……待たせたな、相棒!!」
アッシュが公園の広場へと滑り込む。クローンは即座に反応し、クロを盾にするように位置を変えながら、アッシュへ向けて漆黒の銃口を跳ね上げた。
だが、アッシュの動きはそれを上回っていた。
突進の勢いのまま、地面を削るような鋭い「しゃがみ」。さらにクローンの射線を外すように体を左へ傾ける「左リーン」を瞬時に組み合わせる。
クローンの放った弾丸が、アッシュの数ミリ上を虚しく通り抜けた。
「――これで、終わりだ!!」
極限まで低くなった姿勢から、アッシュのグリーンガンが火を噴いた。
緑の光条が一点に収束し、クローンの胸部をゼロ距離に近い精度で貫き通した。
「おおおおお!!」
一発、二発、そして全弾。アッシュの執念とテクニックが、クローンを背後の噴水へと叩き込んだ。
大きな水しぶきと共に、クローンの体が火花を散らし、やがてポリゴンの破片となって虚空へ消えていく。
「……一分、ちょうどだ。……遅いよ、アッシュ」
「うっせぇ……。間に合ったんだから、文句言うな……」
二人の頭上に、大きなWINの文字が浮かび上がった。




