第三十一話:交差する火花。酒場に灯る黒い記憶
「……さて。立ち話はこれくらいにしようぜ」
ゲルドの低い声が、静まり返った路地に響いた。彼は腰掛けていた瓦礫の山から腰を上げ、解散の合図を出す。さっきのマッチでやり合ったはずのリバルドさんとなーちょさんも、そのまま解散の雰囲気を見せた。ブローキンという共通の脅威を前にした緊張感は、夜の冷気と共に一度霧散した。
挨拶もそこそこに、私、クロ、アッシュの三人は避難所のような温かさを求めて酒場『ミッシュウ・ラン』へと移動を再開した。
道中、隣を歩くクロとアッシュの横顔を見る。
なーちょさんやリバルドさんといった強力な敵達と、少しだけ交流を持つことができた。私はふと、カルマさんのことを思い出した。ゲルドさんはよく彼と一緒にいたし、リバルドさんとなーちょさんも彼の知り合いだったから。
(カルマさん、ありがとう……)
彼がどこかで私たちを繋いでくれたのかもしれない。私は心の中で、静かに彼への感謝を思った。
一方、私たちが去った後の路地。
ゲルドは一人、立ち止まったまま夜空を見上げていた。
「それじゃあな、お前ら」
短くぶっきらぼうな別れの言葉を投げかける。
「ゲルちんまたねー」
なーちょが軽い口調で手を振る。
「ええ。あまり思い詰めないでくださいね。……カルマさんは望んでいないでしょう」
リバルドの指摘に、ゲルドは鼻でふっと笑い、背を向けて歩き出した。ただ一度、高く手を掲げて振ったその仕草が、彼なりの返答だった。
「ゲルちんの落ち込み方見たらわかるね」
ゲルドの背中が見えなくなると、なーちょがトーンを落として呟いた。
「そうですね。彼は少し横柄な所がありますが、仲間は大事にする人のようですから」
リバルドが眼鏡の奥の瞳を僅かに和らげる。
「ねぇ、ウチ考えてたんだけどさー。さっきのー? アダダちゃん達との接敵」
なーちょが言葉を続ける。
「やっぱさ、手練を3人なんて相手するのは、流石にキツくない? ウチら二人じゃ、ジリ貧ってやつ? どっかで負けるよね、人数少ない訳だし」
リバルドは即座に彼女の意図を察した。
「……なーちょも考えていましたか。ゲルドさんを固定メンバーとして誘ってみましょう。私たちの戦闘スタイルには、彼の能力があればアダダさん達にも引けを取らないでしょうから」
「りょっ! 賛成、そーしよそーしよ!」
なーちょの明るい声が、夜の街に響いた。
『ミッシュウ・ラン』の扉を開けると、いつもの香ばしい匂いが私たちを迎えてくれた。
「あ、お帰りなさーい!」
ディルーちゃんが忙しなく配膳していたが、私たちの姿を見るなり元気よく挨拶をくれた。父の事件とカルマさんの消失が重なり、一時は元気がなかった彼女。けれど今、こうしていつもの笑顔で働いている。
(やっぱり……でぃーちゃんは、こうじゃなきゃ)
「……おう。お前達か。随分と早いな、ダイヤ溜まったのか?」
カウンターの奥から店長が声を出す。クロはいつもの落ち着いたトーンで、静かに答えた。
「店長。二度優勝して十ダイヤ獲得したのですが……三マッチ目で、ブローキンというプレイヤーに遭遇しました。結果は全滅。まだ目標まで十ダイヤ足りません」
その間、厨房側に戻っていたディルーは、少しだけ聞き耳を立てていた。そして、店長を見やる。
店長の手はカウンター越しで、客席のアダダ達からは死角になって見えていないけれど、厨房側にいるディルーからは、その手が激しく震えているのがはっきりと見えていた。
(まさか……。あいつなのか……!?)
店長の心の中には、ある予感があった。彼はその動揺を、アダダたちには見せないよう瞬時に押し殺して言った。
「そうか……。災難だったな。だが、お前達より強いプレイヤーなんてごまんといる。たまたまそいつに当たっちまっただけだ。いつか、乗り越えろ」
店長の言葉が、今の私たちの心に沁み渡る。
「さっ、何食べる?」
ディルーが間を割り込み、私たちに聞く。
「いつもの!」とアダダ
「いつものやつ! 激辛な!」
アッシュの勢いに続くように、クロも穏やかに微笑んで注文した。
「僕はコーヒーと、ピザパンを」
「はーい!」
ピザパンと聞いた瞬間。私とディルーちゃんの目がバチリと合った。
先日、二人で交わした『クロは大人ぶりたいからピザパンを頼むんだよ』という秘密の憶測。私たちは言葉なく疎通し、思わずクスクスと笑い合った。
「ん? どうしたんだい? 二人とも」
事情を知らないクロが、不思議そうに首を傾げる。その優しく穏やかな声を聞いて、私たちはさらに笑みを深くした。




