第三十話:敗北の味。それでも握る、一抹の希望
重苦しい敗北の余韻が、ガレリアの石畳に染み付いているようだった。
ブローキンに殲滅され、リスポーン地点から這い上がるようにして歩き出した私たちの足取りは、鉛のように重い。先ほどまでの「ダイヤを稼ごう」という意気込みは、あの赤い閃光にかき消されてしまった。
私たちは無言のまま、避難所のような安らぎを求めて『ミッシュウ・ラン』へと向かっていた。
「……よぉ。バイザー娘にクロ、それに……誰だっけお前」
不意に投げかけられた低い声に、私たちは顔を上げた。
道の脇にある瓦礫の山に腰掛けていたのは、ゲルドだ。その隣には、先ほどのマッチで共に蹂躙されたはずの、なーちょとリバルドが並んでいた。
「アッシュだ! てめーをいつかぶっ倒す男だ、忘れんなツンケン野郎!」
アッシュが即座に食ってかかるが、ゲルドは鼻で笑って受け流した。そんな彼らのやり取りをよそに、なーちょが私の顔を覗き込んでくる。
「あー! さっきの!! ねぇ、何ちゃん?」
「え、あ……アダダです」
「アダダちゃんね、把握! で、そっちのイケメンくんは?」
「……クロだ」
クロが短く、警戒を解かずに答える。
「んで、君がアッシュね。さっきはどーもぉ」
なーちょは、先ほど一撃で消し飛ばされたことなど嘘のように軽い口調で手を振った。続いて、リバルドも静かに会釈をする。
「リバルドです。先ほどはどうも……」
「てか、お前ら知り合いなの?」
アッシュが不思議そうにゲルドたちを見やる。ゲルドは面倒そうに後頭部を掻いた。
「知り合いというわけでもねーが、カルマが顔見知りだったんだよ」
そう言いながら、ゲルドはふと何かを思い出したように視線を落とし、地面を軽く蹴った。舞い上がった砂埃が、夕闇に溶けていく。
「ちょっとぉー!」
なーちょが派手に咳き込み、自分の服をパタパタと払った。
「服につくでしょー。クリーニング代払ってよね!」
「……それくらいでうるさいな」
ゲルドが一蹴するが、なーちょは「もー!」と頬を膨らませている。そんな喧騒の中、リバルドが重苦しいトーンで口を開いた。
「……君たちも、アレにやられたんですよね?」
その言葉に、その場の空気が凍りついた。
私たちの脳裏に、あの赤い脈動を放つ銃口が蘇る。
「……ブローキンのことだよね」
私が答えると、リバルドは冷徹な響きを帯びた声で頷いた。
「はい。やられました。なす術なく……完膚なきまでに」
「もーなんなのあいつぅ!」
なーちょが、堰を切ったように怒りを爆発させた。
「噂には聞いてたんだけどねー、アレほどとはさ、思わないぢゃーん。私のスキン能力、完全に無視wwヤバすぎww」
彼女は自嘲気味に笑ったが、直後にその瞳から温度が消えた。
「……全く笑えないんですケド」
「あれは……異常だ」
クロが静かに分析を口にする。
「あのスキンエフェクトやらの豪華さは、明らかに普通じゃない。君たちが持っているHRよりさらに上のレアリティ……おそらくは、URだ」
その言葉に、アッシュが息を呑んだ。
「UR……? そんなもん、本当にあるのかよ。あいつ、ゲルドのヤローよりやべぇんじゃねーか?」
アッシュが横のゲルドに視線を向けると、ゲルドは否定することなく、冷たい瞳で空を見上げた。
「あぁ。あいつは俺ですら雑魚扱いだ。そして奴の戦い方は、チームメンバーですら盾にして敵を蹂躙する……そんな奴だ。自分以外は全員、踏み台としか思ってねぇ」
「……自分の仲間を、盾に?」
私は戦慄した。この過酷な世界で、唯一頼れるはずの仲間を使い捨てる。それがブローキンという男のやり方なのだ。
「あいつの装備水準は、ガレリアの中でも突出している。相当な数のマッチングに入り、ダイヤを獲得し続けているんだろう。……リバルド、お前はどう見る」
ゲルドに促され、リバルドが眼鏡の奥の瞳を鋭くした。
「正面から挑むのは自殺行為です。ですが、彼が『自分以外を信じていない』という点は、唯一の付け入る隙になるかもしれない。……もっとも、その隙を突く前に消されるのがオチですがね」
私たちは、焚き火を囲む敗残兵のように、ブローキンという巨大な壁について語り合った。
ダイヤを稼ぐための連戦。その道中に現れた最悪のイレギュラー。
45ダイヤを貯めるという目的の先に、あのような怪物が待ち構えているのだとしたら――。
「……それでも」
私は、自分の手を強く握りしめた。
「私は、諦めたくない。あいつにやられたまま、終わるなんて嫌だよ」
なーちょが意外そうに私を見つめ、それからニヤリとギャル特有の明るい笑みを浮かべた。
「いーね、アダダちゃん。その意気! 私もあいつの顔面、一発ぶん殴らないと気が済まないし!」
夜のガレリアで、バラバラだった六人の思惑が、ブローキンという共通の敵を通じて、奇妙に交差し始めていた。




