第二十九話:戦慄の境界線。URの蹂躙
ガレリアの戦場に漂うのは、硝煙と、焦げた電子回路の臭いだ。
目標の20ダイヤ。それを最速で積み上げるため、私たちは休息を捨ててマッチングへと身を投じた。
最初の二戦、私たちの連携はこれまでにないほど研ぎ澄まされていた。
クロが冷静な索敵で敵の位置を割り出し、アッシュが爆発的な踏み込みで攪乱する。その隙に、私が正確な射撃でトドメを刺す。
「よし、1位獲得だ! これで残り14ダイヤ!」
リザルト画面に踊る勝利の文字。私たちは確かな手応えを感じていた。だが、この世界で「勝ち続ける」ということが、どれほど目立つ行為であるかを、当時の私たちはまだ甘く見積もっていた。
三戦目。廃都市のビル群が、不気味なほどに静まり返っていた。
「アッシュ、右! 距離30、そこだ!」
私の叫びと同時に、アッシュの足元に鋭い貫通弾が着弾した。
そこにいたのは、アッシュと同じグリーンガンタイプを操る男、リバルド。
彼はアッシュのようながむしゃらな勢いではなく、氷のような冷静さで一発一発を確実に急所へと置いてくる。彼の纏うスキン**【HR2:レオナルドリーフ】**は、周囲の瓦礫の色彩をリアルタイムで光学的にシミュレートし、肉眼での視認を困難にさせていた。
「……ちっ、避けにくい弾を撃ちやがる!」
アッシュの応戦を、リバルドは最小限のステップで躱す。近接間合いでの先手を常に奪い去る。だが、厄介なのは背後の高所にいる女性、なーちょだった。
「アハッ! こっちだよーん!」
ギャル然とした派手な出立ちとは裏腹に、彼女のブルーガンさばきは正確無比だった。スキン**【HR2:ビーチウェーブ】**が発動するたび、彼女の身体は重力を無視したような緩やかな軌道を描き、ビルの窓から窓へと飛び移る。
放たれる弾丸には特殊な衝撃分散システムが搭載されており、こちらの反撃を物理的に弾き飛ばしていく。さらに彼女は、高層階から飛び降りても水のクッションに着地したかのように無傷で着地し、即座に次の狙撃ポイントへと移動する。
「リバルドとなーちょ……この二人、これまでの相手とはレベルが違う!」
クロが遮蔽物の裏で苦々しく唸る。リバルドが地上で精密に追い込み、なーちょが三次元的な動きで退路を断つ。熟練の連携の前に、私たちはじりじりと壁際に追い詰められていった。
「アッシュ、一旦引いて! 私が援護する!」
「引けるかよ! ここで背中見せたら一発で終わりだ!」
アッシュのグリーンガンが吠える。リバルドのレオナルドリーフが火花を散らしながらそれを弾く。互いの意地がぶつかり合い、極限の緊張感が戦場を支配した。
しかし、その均衡を――あるいは「死闘」という名の贅沢な時間を、暴力的なまでの重圧が全て無に帰した。
ドォォォォォン!!
戦場の中央、私たちがいた廃ビルの広場に、巨大な圧縮空気の爆発音が響き渡った。爆風により、リバルドとなーちょが反射的に距離を取る。
砂塵の中からゆっくりと歩み寄ってきたのは、漆黒の外套を羽織り、威圧感を全身から放つ一人の男。
男の名は、ブローキン。
その手に握られたレッドガンタイプ**【UR:フェニックスデス】**は、銃身が超高温の排熱により赤黒く脈動している。
「……チッ。雑魚同士が群れて、何をままごとしてやがる。反吐が出る」
その声は低く、だが戦場の隅々まで不気味なほどの音圧で響き渡った。
「な……何だ、あいつ……。おい、ゲルドのヤローよりやべぇんじゃねーか!?」
アッシュが震える声で呻く。
ブローキンはその言葉を聞き逃さなかった。彼は無機質な視線をアッシュに向け、吐き捨てるように言った。
「ゲルドか。あんな雑魚と比較されること自体、不愉快だ。あいつも、それを崇めている連中もまとめて、俺がゴミ箱に叩き込んでやるよ」
「アンタ……正気かよ」
上空のなーちょが、即座にブローキンへと照準を合わせる。だが、ブローキンの反応速度は、この世界の「常識」を完全に逸脱していた。
頭部スキン**【UR:宝炎の兜】のバイザーが演算を開始し、一瞬で彼女の着弾予測を弾き出す。腕の【HR:レボルアーツ】**が銃身の揺れを完璧にゼロに固定し、彼は見ることすらなく銃口を斜め上へと跳ね上げた。
ズドォォォォォン!!
放たれたのは、超高圧で圧縮された物理弾だ。
ビーチウェーブの「水の守り」を紙切れのように貫通し、なーちょの身体は弾け飛んだ。ビルの壁面に激突し、ポリゴンの欠片となって消滅する。
「なーちょ!? 貴様ッ!」
激昂したリバルドが、レオナルドリーフの加速で一気に懐へ潜り込む。最短距離。彼が引き金を引くよりも速く、ブローキンは重厚な銃身を振り上げ、リバルドの顎を粉砕した。
「消えろ、屑が」
至近距離での射撃。圧縮されたエネルギーの奔流がリバルドの胸部を貫き、彼は一瞬の抵抗も許されず霧散した。
沈黙が支配する。ブローキンの背後では、URスキンの自己再生機能により、微かに削れた彼のHPゲージがみるみるうちに全快していく。装備水準、そして個人の技量。さらに自分の仲間さえも盾として使い捨ててきたであろう冷徹な立ち回り。そのすべてが、このマッチングにおける「エラー」のような絶望を体現していた。
「次は、お前らだ」
ブローキンの冷え切った銃口が、私たちに向けられる。
「逃げろ! アダダ! アッシュ!」
クロの叫びも虚しく、ブローキンが放った一発の衝撃波が地面を砕いた。足場を失った私の身体が宙に浮く。空中で体勢を直そうとするが、レボルアーツによる超精密エイムが私の胸元を完璧にロックしていた。
「……遊びは終わりだ。地を這いずって死ね」
カチリ、と運命が鳴る。
……次に意識が戻った時、私たちはいつものホームタウン、ガレリアの冷たい石畳の上に転がっていた。
敗北。それも、一矢報いることすら、引き金を引くことすら許されない「一方的な殲滅」だった。
「……化け物だ。あんなの、プレイヤーの域を超えてる……」
アッシュが震える拳を地面に叩きつける。
ダイヤを稼ぐための連戦。その果てに出会った絶対的な強者の影。
ブローキン。
その圧倒的な暴力の記憶が、アダダたちの掲げた「45ダイヤ」という目標を、冷たく笑い飛ばしているかのようだった。




