第二話 鋼鉄の教官
黄金色の陽光が石畳の街並みを鮮やかに照らしていた。
中央広場に降り立ったアダダは、しばらく呆然と立ち尽くす。
焼きたてのパンの香り。
馬車の車輪が立てる重い音。
肌をなでる湿った風。
アダダは手のひらを見つめ、ゆっくり握りしめた。
指が掌に食い込む圧迫感。
皮の手袋が軋む微かな音。
そのあまりに鮮明な「生」の感触が、脳裏に残っていた澱のような記憶を瞬く間に上書きしていく。
ついさっきまで自分を縛っていたはずの重たい何か――
狭いアパートの湿気や、明日の仕事への不安――は、まるで知らない誰かの夢だったかのように、急速に意識から剥がれ落ちていった。
今の彼女にとって、この空の色だけが真実で、
この鼓動こそが唯一の現実だった。
「……あ、そうだ。名前!」
視界の端に半透明のウィンドウが浮かぶ。
【Name: adada】
⸻
◇ホームタウン『ガレリア』 訓練所施設
⸻
「……訓練所。うん、行かなきゃ」
文字を見た瞬間、そこへ向かうことが最初から決まっていたかのように、足が自然と北の方角を向く。
迷いはなかった。
アダダは駆け出した。
キャラクリで少しだけ「欲張った」胸が走るたびに揺れる。
その感触さえ、自分がここで生きている証のように誇らしかった。
北区の突き当たり、重厚な鉄柵に囲まれた広大な敷地が訓練施設だった。
足を踏み入れると、怒号と金属音が耳を打つ。
「足が止まっているぞッ! 敵は貴様の足を止めるのを待ってはくれない!」
練兵場の中央、壇上から雷鳴のような声を張り上げる男。
漆黒の鎧、戦傷だらけの顔。
彼がこの施設の指揮官NPC、グロウズだった。
「ひぇ……すごい迫力……」
気圧されていると、背後から冷ややかな声がした。
「……新兵か。見惚れている時間は与えられていないはずだが」
振り返ると、銀髪を短く切った青年が立っている。
軍服を完璧に着こなし、端末を手にしていた。
「あ、えっと! 今日からお世話になります、アダダです!」
「補助教官のティフォンでございます。案内役を務めさせていただきます」
ティフォンは上から下まで一瞥し、恭しく、しかし冷ややかに言った。
「……アダダさん。貴女の特性……私には理解しかねますね。
天真爛漫なのは結構ですが、ここではその明るさが命取りになることもございます。
覚悟は……できておいでですか?」
「もちろんです! やるからには一番を目指します!」
「ほう。一番か」
いつの間にか、グロウズが目の前に降り立っていた。
見上げるほどの巨体。
吐き出す息さえ熱風のようだ。
「小娘、貴様に戦う理由があるのか?
このレガシーで生き残る覚悟はあるのか?」
問いは重い。
アダダは一瞬言葉に詰まる。
なぜ戦うのか――考えたことはなかった。
だが心にあるのは、曇りのない好奇心だった。
「理由なんて、これから見つけます!
今はこの世界を全部知りたい。
そのためなら、どんな訓練だって耐えてみせます!」
アダダは真っ直ぐにグロウズを見返した。
数秒の値踏みの後、グロウズが口角を上げる。
「……いい目だ。ティフォン、この小娘を基礎訓練に回せ。
死なぬ程度にな」
「畏まりました。……ではアダダ様、こちらへ。
貴女のその威勢、どこまで保つか試させていただきます」
それからの数時間は、彼女の想像を絶する過酷なものだった。
この世界にはステータスの数値は表示されない。
すべてが自分の肉体の感覚としてフィードバックされる。




