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legacy online ― 歪愛 ―   作者: ゑルマ
legacy online
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第二十五〜五.五話:閑話・虚構に沈む五万の命



 すべてが変質してしまった今、かつての「日常」がいつ終わったのかを正確に答えられる者はいない。

 二〇二三九年。世界中のゲーマーたちがその名を口にし、熱狂の渦に巻き込まれたVRMMO『Legacy Online』。最新の脳インターフェース技術を駆使し、五感すべてを仮想空間へと転送するその装置は、まさに「人類の夢」と謳われた。

 初期ロットとして市場に流通したパッケージは、わずか六万本。そのうち、十一月十一日のリリース当日にログインに成功し、この世界に取り込まれたプレイヤーは約五万人にのぼる。


 ログインした瞬間の記憶は、今や誰の頭の中にも残っていない。

 彼らは、気づいた時にはもう「ここにいた」のだ。


 ヘッドギアを被ったこと、これがデジタルで作られた虚構であること。そんな情報は意識の深淵へと沈められ、代わりに肌を撫でる風の湿り気や、銃を構えた時の冷たい金属の質感が「唯一無二の現実」として脳に上書きされた。

 「ゲームをプレイしている」という自覚は、もはや存在しない。五万人の意識は、まるで最初からこの世界で生まれ育ったかのように、この過酷なルールの中で呼吸を始めている。


 ◇


 一方、現実世界では未曾有の事態に、社会が根底から揺れ動いていた。

 連日、テレビのニュース番組は特番を組み、深刻な表情のキャスターが同じ数字を読み上げ続けている。


 「……本日も、一斉に意識を失ったプレイヤーたちの安否は確認できていません。病院に搬送された数は全国で数万人にのぼり、各地の医療現場は飽和状態にあります」


 最近話題になっていた革新的なゲームにログインした人々が、誰一人として戻ってこない。ただ眠り続ける肉体と、反応のない脳波。

 かつて「世紀の神ゲー」と持て囃されたそれは、今や数万人の意識を幽閉した「沈黙の監獄」として、世間の恐怖の対象へと変わっていた。


 その混乱を冷淡に見つめる視線がある。

 ガレリアの石造りの風景とは無縁の、異質な空間。壁一面を埋め尽くす巨大なモニタ群には、暗闇の中に青白いドットが整然と並んでいる。それは、ログインした五万人のバイタルサインをリアルタイムで映し出す、死の観測装置だった。


 モニタの前には、一人の男が座っている。

 彼の横には、大切に飾られた一枚の写真。麦わら帽子の女の子と、はにかむ男の子。その穏やかな記憶とは対照的に、男の瞳には底知れない暗い色が宿っている。彼こそが、この世界を創り上げた「開発者」であった。男がいったい何を目的として、五万人ものプレイヤーを現実から切り離したのか。その真意を知る者は、まだどこにもいない。


 ◇


 この渦中にいる主人公・アダダも、もとはといえばこの熱狂を「遠い世界の出来事」として眺めていた一人だった。

 予約は数秒で埋まり、手に入れるのはいつになるだろうか——そう半ば諦めていた彼女の元に、それはあまりに唐突に届けられた。


 あの日の夜、スマートフォンのスピーカーから響いていたのは、幼馴染の声だった。


 「あ、アダダ? 聞いてるか?」


 何気ない雑談の途中で彼が言った、「玄関に置いといたから」という言葉。

 小包を開ければ、そこには入手困難なはずの『Legacy Online』のパッケージとVR端末が入っていた。もし、あの時そのパッケージを手に取らなければ。もし、通話を切ってそのまま眠りについていれば。

始めるタイミングが少しでも遅れていれば。


 彼女が今、ディルーの涙に胸を痛め、強くなるために銃を取る「現実(仮想世界)」は存在しなかった。しかし、彼女は運命に導かれるように接続し、五万分の一の「生贄」となった。


 ◇


 彼女たちが「現実」だと信じ込んでいるものは、何者かが莫大な資金を用いて構築した、高度な電子信号の集積に過ぎない。ゲームであるという記憶を剥奪され、この世界で死ぬことが「存在の消滅」に直結するという狂ったルールの中に、彼女たちは放り込まれている。


 それでも、たとえここが作られた箱庭だったとしても。

 流れる血の熱さも、ディルーが父を想って流した涙も、それを隣で受け止めたアダダの心の震えも。それだけは、現実世界のどのニュースよりも、確かな実感を伴っていた。


 現実世界で初めて死亡者が確認され、警察の捜査が空振りに終わる中、仮想世界では新たな物語が動き出そうとしている。

 開発スタッフたちの困惑、消えた機材、返ってこなくなったメール。すべての謎を飲み込んだまま、Legacy Onlineは今、真の姿を現し始めていた。


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