第二十四話:共鳴する悲劇。そして静止した時間
静まり返った『ミッシュウ・ラン』の厨房。
店長は、ディルーが床に落とした買い物袋から、土の付いたジャガイモや瑞々しい野菜を一つずつ取り出していた。
「……はぁ」
重苦しいため息が、湯気の立っていない鍋の中に吸い込まれていく。
まさか、あの時と同じ現象が再び起きるなんて。
十五年前のあの日。親友を失ったあの日から、表向きは平和を装っていたこの世界でも、時折「プレイヤーがいなくなった」という不穏な噂を耳にすることはあった。自分が知らないだけで、この十五年の間に、他にも何十人、何百人と、あの男と同じように虚空へと消えていった者がいるのではないか。
店長は包丁を握り直したが、すぐには動かせなかった。脳裏に浮かぶのは、泣きながら店を飛び出したディルーの背中。そして、それを迷わず追いかけていった少女、アダダの姿だ。
(……あの子がついていってくれたなら、少しはマシか)
アダダの持つ、どこか放っておけない真っ直ぐな危うさと優しさ。彼女ならディルーの心に触れられるかもしれない。そう思うと、少しだけ胸のつかえが取れた気がした。
「店長! 見ててくれよ、俺の二十五個のダイヤが伝説に変わる瞬間をさ!」
カウンター越しに、アッシュの能天気な叫びが飛んでくる。
店長は感情を押し殺し、再び無言で野菜を切り始めた。今はただ、帰ってくる彼女たちのために、温かい食事を用意し続けることしかできないのだから。
◇
そのカウンターで、アッシュの熱弁を適当に受け流しながら、クロは店の入り口に視線を投げた。
アッシュは全く気づいていない。この店の看板娘がどんな顔をして飛び出し、それを自分たちの仲間がどんな顔で追いかけていったのかを。
(……僕だって、気にならないわけじゃないけど)
クロは手元のグラスを見つめた。自分が追いかけたところで、気の利いた慰めなど言えた試しがない。冷徹な分析は得意でも、誰かの涙を止める術を彼は持っていなかった。
(……こういうのは、僕よりアダダの方が適任だよな)
女の子同士の方が話しやすいこともあるだろう。何より、アダダには理屈を超えて他人の懐に入り込む、不思議な素質がある。
「おいクロ、聞いてんのかよ! レア武器の排出率、この時間帯なら上がってるって噂なんだぜ!」
「……はいはい。そんな都市伝説信じてるの、君くらいだよ、アッシュ」
クロは店長や自分の考え、そしてディルーを追いかけて行ったアダダの事は気にしずともしないと言う感じで、ガチャについて熱く語り続けるアッシュの相手を続けた。
◇
現実世界。
麒麟の母、洋子は目の前の現実を理解しつつも、いまだに受け入れられず、ただ泣きながら娘の手を握っていた。
現実世界に死亡者が出たことをきっかけに、警察の捜査は本腰を入れはじめる。
Legacy Onlineを制作した会社へ乗り込むが、そこはもぬけの殻だった。消えたオフィス内の機材。開発をしていたスタッフの証言。
「今まで莫大な開発資金が提供され、あらゆるゲーム内システムの説明を受けていた。全ての工程をメールで指示されていて、仕事をしていただけなんです。メール送信元、つまり依頼者はわかりませんが、会社として場所も提供されていて、僕たちもこのゲームの完成度の高さ、今までにないゲームの開発に携わることへの喜びを感じていた。けれど、リリース日の十一月十一日……いつも通り出社したら、同じ開発チームの人たちが『え、なんで』『どういうこと』と、ただ困惑していました」
その後、警察にも通報したが、事態は好転しなかった。膨大な資金とカリスマで最高のゲームを考えた人物からの、返ってこなくなったメール。
数日の間、同じ内容のニュースが流れ続ける現実世界。
かつては期待に胸を膨らませた最新技術の結晶が、今や多くの命を奪う凶器として報道されている。
病院の白い壁に反射するニュースの光。
洋子の耳には、その言葉の羅列さえ届かない。ただ、握りしめた麒麟の手が微かに温かいこと。それだけが、彼女をかろうじて現実へと繋ぎ止めていた。
「……麒麟、お願い。早く目を覚まして……」
母の悲痛な祈りを置き去りにするように、世界は混乱の渦中へと突き進んでいた。




