第二十三話:追憶の橋下。十五年前の消失
石造りの家並みが夕闇に溶け始め、街灯がぼんやりと灯りだした『ガレイド』の街。
私は、ディルーが走り去った方向へ夢中で足を動かした。
人混みを抜け、賑やかな大通りから外れた場所。
そこには、プレイヤーたちが拠点とするマイタウンと、活気あふれるガレリアの街を物理的に分かつ巨大な石橋があった。
橋の下、川のせせらぎだけが聞こえる薄暗い場所に、彼女はいた。
膝を抱え、小さく丸まって座り込んでいる背中は、いつも店で見せる元気な「でぃーちゃん」とは別人のように、脆く、壊れそうに見えた。
私は足音を忍ばせながら、ゆっくりと彼女に近づいた。
ディルーは顔を上げない。けれど、私の気配には気づいているはずだ。
「……隣、座ってもいい?」
極力、穏やかに声をかける。
ディルーは何も答えなかった。ただ、膝を抱えたまま、わずかに首を動かして小さく頷いた。
私は彼女の隣に腰を下ろした。
それから数分の間、重苦しい沈黙が流れた。聞こえるのは川の音と、時折マイホームへ向かう人達の声。
沈黙を先に断ったのは、ディルーだった。
「……きかないの?」
震える声。顔を伏せているので表情は見えない。
「私は、でぃーちゃんの様子が気になっただけだよ。……一人にさせたくなかったから」
私は前方の暗い川面を見つめながら、素直な気持ちを口にした。
「ありがと、アダダちゃん」
ディルーはようやく顔を上げた。その瞳は真っ赤に腫れ、涙の跡が白く残っている。
彼女は小さく深呼吸をすると、遠い過去を辿るように話し始めた。
「実はね……私のお父さんもだったの。あの日消えた人たちと同じように、帰ってこなくなったの」
「えっ……?」
思わず声が漏れる。まさか、そんな昔から同じようなことが起きていたなんて。
「私、今はね、お店の二階にある店長の家に住まわせてもらってるの。店長とは……もう正確な記憶には残ってないくらい幼い時から一緒。生まれた時から、ずっと近くにいてくれた人だった」
少しだけ、ディルーの表情に柔らかな光が差した。
「お父さんのチームメンバーだったから。……最強のコンビだったんだよ」
(あの店長と同じチームだったって……じゃあ、でぃーちゃんのパパも、すごく強い人だったんだろうな)
店長のあの風格と「止まったら死ぬ」という言葉の重みを思い出す。それと肩を並べて戦っていた人。想像するだけで、その凄さが伝わってくる。
「お父さんはね、かつて店長と並ぶ最強プレイヤーだったんだ! 私はまだ小さかったけど、二人がどれだけ凄いことをしてるのか、それだけは自慢だったし、理解してた」
誇らしげに語る彼女の横顔。けれど、その微笑みはすぐに影を潜めた。
「だけどね、ある日のバトルだった……。敵チームを倒したあとだった。漁夫、って言うんだっけ? 他のチーム同士が戦ってる隙を突くやつ。敵を倒したばかりだったから敵はもう居ないってにんしきしてたんだろうね。普段ならしないんだけどその時はなぜか……本当に、なぜかお父さんは隙を見せちゃった。その場で止まってたお父さんが、敵プレイヤーに撃ち抜かれて、倒されちゃったの」
ディルーの拳が、ぎゅっと握りしめられる。
「少し先を歩いていた店長がすぐに気づいて、その敵をやり返した。店長はそのまま残る敵も全部倒して、お父さんたちのチームは一位を取ったの。……完璧な勝利のはずだった」
川の音が、急に激しく聞こえた気がした。
「でも、店長が戻ると……パパは居なくなってた。どこにも、いなかったの」
「……え?」
「おかしいでしょ? 先に倒されちゃっても、チームが生き残ってれば観戦できるじゃない。いつもなら、倒されたパパから店長に観戦メッセージが飛んでくるはずなのに、その日は、一言もなかったんだって」
絶望が、じわじわと私の背中を伝っていく。
「店長は血眼になっていろんなところを探したわ。守衛団もずっと、ずっと探してくれてた」
ディルーの瞳から、再び大粒の涙が溢れ出した。
「そして、私のところに来て店長は説明してくれた。パパが、居なくなったって。私、信じられなかった。……でもね、パパに電話をかけても、ずっと……ずっとエラーが出るの……!」
ディルーの声が、せきを切ったように泣き声に変わる。
十五年前。システムエラーという無機質な拒絶で片付けられた、肉親との永遠の別れ。
「そのままお父さんは見つからなかった。そして肉親を失った私を引き取ってくれた店長は……戦場へ出るのをやめて、今のお店を出した。いろんな思いがあったんだろうね。そこからもう十五年、ずっと変わらず私のそばにいてくれる。
店長には感謝してもしきれないねほんと、、」
彼女は溢れる涙を拭おうともせず、声を絞り出した。
「今日また、あの日と同じことが起きたって聞いて……私……」
私は、何も言えずに彼女の震える手を握りしめた。
十五年間、止まったままの時計。店長が戦場を捨て、料理を振る舞い続けてきた理由。そして、なぜ再三「止まれば死ぬ」と言い続けてきたのか。
その全てが、悲しいほどに繋がってしまった。
「……でぃーちゃん。……話してくれて、ありがとう」
私は、彼女の冷え切った手に自分の熱を分けるように、力を込めた。




