第二十二話:断絶の境界。そして少女の涙
薄暗い空間に、無機質な電子音だけが規則正しく響いている。
ガレリアの石造りの街並みや、中世と近代が混ざり合ったような文明とは明らかに一線を画す場所。そこには、現実世界の最新鋭PCを彷彿とさせる、巨大なモニタと複雑な配線が張り巡らされた装置があった。
その光の渦の前に、一人の男が座っている。
男の視線の先、モニタには無数のプレイヤーのバイタルサインが並び、その一つが今、静かに「消滅」の文字を刻んだ。
「……ついに、100回目の死亡者が現れたか」
男の唇から、冷酷な乾いた声が漏れる。
「せいぜい悩み、苦しめ……」
この男の正体は開発者である。
いったいなぜプレイヤー達を現実世界から切り離したのか。
その目的はいまだにわからないが、恨みからこの仮想現実をつくったのであろう。
男の手元、装置の脇には一枚の写真立てが置かれていた。
そこには、あどけない表情の五、六歳ほどの男の子と、麦わら帽子を被り、太陽のような眩しい笑顔で笑う女の子の姿が写し出されていた。
男は写真に一瞬だけ目をやると、再び冷淡な瞳でモニタのログを追い始めた。
◇
酒場『ミッシュウ・ラン』。
店長の重みのある言葉を受け、荒れていたゲルドは少しずつ落ち着きを取り戻していた。しかし、その瞳の奥にある焦燥の炎までは消えていない。
「……俺、もう一度二人を探してくるわ」
絞り出すような声でそう告げると、ゲルドは振り返ることもなく店を飛び出して行った。
残された私、クロ、アッシュ、そして店長の四人は、言葉もなくその背中を心配そうに見送ることしかできなかった。
沈黙が場を支配する。
その重苦しい空気を察してか、アッシュが努めて明るい声を出そうと口を開きかけた、その時だった。
「ただいまーー! ……って、あれ? みんな、どしたの?」
店の扉が勢いよく開き、買い出しから戻ったディルーが顔を出した。両手には食材が詰まった買い物袋を抱えている。
アッシュ以外の三人が見せた、隠しきれない沈痛な面持ち。ディルーは一瞬で、店内の空気が尋常ではないことを悟ったようだった。
私たちが事の顛末を説明する時間は、わずか数分だった。
プレイヤーが粒子となって消え、戻ってこなくなったこと。
世界が変質し始めていること。
それを聞き終えたディルーの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「…………そんな」
直後、ドサリと鈍い音がした。
彼女が抱えていた買い物袋が地面に落ち、中の野菜が床を転がる。ディルーはそれに見向きもせず、弾かれたように店の外へと走り出した。
すれ違いざま、彼女の頬に光る筋が見えた。
(……泣いてた……?)
私は声に出さず、ただ呆然とその光景を見つめる。
一方、内情を詳しく知らないアッシュは、突然の出来事に目を白黒させていた。
「ん? ディルーちゃん、どうしたんだ? わけがわかんねぇぞ」
戸惑うアッシュに、カウンターの奥から店長が静かに、そして拒絶を許さないトーンで口を開いた。
「……そっとしておいてやれ」
店長もまた、動揺を押し殺しているように見えた。けれど、彼はディルーが走り去った理由を、深く理解しているようだった。
アッシュは気圧されたように頷き、場を立て直そうと、先ほど用意していた話題を強引に引き出した。
「お、おう。……それよりさ! 俺、ダイヤ25個貯まったんだ! そろそろガチャ回そうと思うんだよ!」
息巻くアッシュに、クロが話を合わせるようにして会話が始まる。
二人はこれからの戦力アップについて熱く語り合っているようだったけれど、今の私の耳には、その言葉はただの雑音としてしか入ってこなかった。
(そっとしておけって言われたけど……やっぱり、気になるよ)
私は、自分の直感を信じることにした。
店長はディルーが落とした買い物袋を無言で拾い上げると、準備のために厨房へと戻っていく。
私は、走り去った彼女の後を追うことにした。




