第二十一話:亡霊の行方。境界線の断絶
ガレリアという街は、一度入り込めばそこが唯一の現実となる。
私たちはここで食べ、眠り、戦い、そして「死ぬ」。
死んでもまた、ガレリアのホームで目が覚める。それがこの世界の理だと思っていた。
……だが、この世界には、誰にも知られていない「隠しステータス」が存在する。
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プレイヤーがバトル内で死亡し、リスポーン(復活)するたびにカウントされる内部数値。
累積値が100に到達した瞬間、システムは当該プレイヤーの意識を「ガレリア」から強制排出し、現実世界へと送り返す。
それは、ガレリアにおける「永遠の消滅」を意味する。
そして、その強制排出が肉体に与える負荷は、計り知れないものだった。
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ガレリア・リリースから三日目の現実世界。
最新型VR端末『ニューラ・リンク』。初期ロットとして出荷されたのはわずか6万本。
そのうち、サービス開始と同時にログインした5万人のプレイヤー全員が、現実世界から姿を消した――。
ニュース番組は、この「5万人の帰還不能」という未曾有の事態を24時間体制で報じ続けている。
家族が声をかけようと、デバイスを外そうと、彼らは死んだように眠り続け、一切の反応を示さない。
医療関係者は、ログイン中のプレイヤーたちが、仮想世界を現実だと誤認したまま精神を閉じ込められている「集団意識不明状態」にあると断定した。
VR端末には強力なサブバッテリーが搭載されており、コンセントを抜いてもデバイスは即座には終了されない。
病院に搬送されたプレイヤーを解析した専門家は、震える声でこう発表した。
「記録によれば、デバイスが起動してから一度もログアウトが行われていません。5万人の意識は今、あちら側の世界に完全に固定されています」
閑静な住宅街。
毎日欠かさず連絡をくれる娘・麒麟から、三日間も返信がないことを不審に思った母親は、合鍵を使って彼女のアパートを訪れた。
「麒麟? いるの?」
廊下には電気がついたままだ。奥の寝室からは、つけっぱなしのテレビの音が漏れている。
ドアを開けると、そこにはベッドに横たわったまま動かない娘の姿があった。
顔を覆うVR端末が、静かに青い光を明滅させている。
テレビのニュース番組からは、それまでの憶測を吹き飛ばすような、悲劇的な速報が流れた。
『……たった今、緊急の情報が入りました。VRデバイスに接続中だったプレイヤーのうち、初の死亡者が確認されました』
『亡くなったのは、有島恒星さん(27歳)、三橋洋一さん(21歳)のお二人です……』
ニュース画面に映し出されたのは、娘が着けているものと全く同じ、あの青く光るVR端末の画像だった。
「――っ、あ、ああ……っ!!」
母親はその場に泣き崩れた。
娘が今、その「死の淵」にあるゲームに囚われている。その残酷な事実が、彼女の心を粉々に打ち砕いた。
けれど、有島恒星。そして三橋洋一。
この二人の名は、ガレリアにおいては別の名で呼ばれていた。
――カルマ。そして、ゲルドのもう一人の仲間。
死亡カウンターが100に達し、ガレリアから「排出」された彼らは、現実世界という本当の世界での死亡。
仮想世界Legacy Onlineの中にいる「私」は、まだこの惨劇を知る由もない。
「……どうして」
ミッシュウランの店内で、私は震える声を出した。
目の前で机に突っ伏し、肩を震わせているゲルド。
「カルマは、あいつは……俺のことをブロックなんてするはずがないんだ。あいつは俺を信じてた。俺もあいつを……!」
ゲルドの絞り出すような声が、冷え切った店内に虚しく響く。
昨夜、ゲルドがなりふり構わず街で騒ぎ、助けを求めたことで、一時は「ガレリア守衛団」も動いたと聞いた。
街の主要なポイントを封鎖し、大規模な捜索が行われたはずだった。
だが、守衛団は早々に「事件性なし、自主的な隠匿の可能性あり」として、捜索を打ち切った。
「守衛団の連中も、結局は……見て見ぬふりかよ。あいつらが消えた痕跡すら、街から消えかかってるってのに」
クロの言葉には、深い落胆が混じっていた。
店長はカウンターの奥で腕を組み、長い沈黙の後、重々しく、けれど包み込むような声で口を開いた。
「……今は落ち着け。ゲルド、お前もだ」
店長はカウンターを抜け、ゲルドの隣にそっとコップを置いた。
「守衛団の事情がどうあれ、この街で何が起きてるのか、正直なところ俺にもさっぱり分からねぇ。だがな……」
店長は私たちの顔を一人一人見つめた。
「ここで取り乱したところで、消えた奴らは戻ってこねぇ。ゲルド、お前の仲間が本当にあいつらなら、こんなところで背中を丸めてるお前を見たくはねぇはずだ」
店長のその言葉には、不思議な力があった。
公的な組織すらあてにならない異常事態。けれど、ここで歩みを止めてはいけないという、強烈な意志。
「……あぁ、そうだな。悪ぃ……店長」
ゲルドが顔を上げ、赤くなった目で力なく微笑んだ。
私たちはまだ何も知らない。この街の先に、何が待っているのか。
けれど、この酒場の温もりだけが、今、私たちが失いかけている「繋がり」を辛うじて繋ぎ止めていた。




