表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
legacy online ― 歪愛 ―   作者: ゑルマ
legacy online
2/74

第一話 『遺された楽園 ― Legacy Online 序章』


 窓の外には、代わり映えのしない灰色の空が広がっていた。


「……はぁ。今日も、これでおしまいか」


 麒麟きりんは、デスクに積み上がった書類を横目に、小さく息を吐いた。

 20代半ばの元事務職。毎日同じ数字を処理し、誰の記憶にも残らないまま過ぎていく時間。

 彼女の直感は、ずっと警鐘を鳴らしていた。

「私の居場所は、ここじゃない」と。


 給湯室では、同僚たちが今朝のニュースで持ちきりだった。


「ねえ、見た? 『Legacy Onlineレガシー・オンライン』の初期ロット、予約開始から数秒で完売ソールドアウトだって。手に入れた奴は前世で徳でも積んだんじゃない?」


(……行きたかったなぁ。あっちの世界なら、もっと自分の直感のままに、自由に動ける気がするのに)


 彼女にとって、それは単なる流行への興味ではなく、今の日常からの切実な脱出口に見えていた。


 そんな彼女の元に、小包が届いたのはその日の夜だった。

 中には最新型のVRヘッドセット。そして、幼馴染の早乙女蓮吾からの手紙が入っていた。


「麒麟へ。

 最近、仕事で疲れてるでしょ? 君の頑張りは、僕が一番よく知っているよ。

 予約が取れなくて落ち込んでたみたいだけど、安心して。

 君のために、『特別な居場所』を用意したんだ。

 他の誰にも邪魔されない、君が君らしくいられる場所だよ。

 ……あっちで、ずっと君を見守っているから。

 待ってるよ。 ――蓮吾より」


「えっ……蓮吾くん、なんで私が予約できなかったこと知ってるの……?」


 一瞬、背筋に冷たいものが走るような感覚を覚えた。

 まるで、自分の行動をすべて把握されているかのような――

 そんな錯覚を覚えるほどの、あまりにも行き届いた優しさ。


 けれど、次の瞬間には彼女は笑顔で首を振った。


(……なんてね。さすが幼馴染!

 私が言いそうなこと、全部お見通しなんだから。

 本当に、どこまでも優しいんだから。ありがたく使わせてもらお!)


 彼女は、送られてきたバイザー型のデバイスを手に取った。

 装着した瞬間、普通の精密機器なら感じるはずの冷たさがない。

 代わりに、しっとりと肌に吸い付くような、まるで誰かの温かい掌に包まれているかのような、生々しい熱感。


『ユーザー:KIRIN……認証成功。初期セットアップを開始します』


 視界にシステムメッセージが流れる。

 その裏側、瞬きするほどの速さで、彼女には読み取れない「ノイズ」が混じった。


『権限:■■■■(PRIVILEGED)を適用……深層意識へアクセス。

 全感情パラメータを現実と同期シンクロします』


「……わぁ」


 メッセージに疑問を抱く間もなく、視界は真っ白な空間へと移り変わった。


『初期設定を開始します。キャラクタークリエイトを行ってください』


 麒麟は鏡の自分に触れ、微笑んだ。

 名前を変える決意が胸を満たす。迷わず入力する。


『Name: adadaアダダ


 ――その瞬間、麒麟という名はこの世界から欠落した。


 彼女は新しい名で歩き出す。


 後に伝説となる少女「アダダ」の物語が、

 ここから静かに始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ